第4話 予知
東京、大井競馬場。モノレールで結ばれる埋立地の中で、ひときわ広大な土地を有する公営施設。未来を識る者にとって、ある種最もふさわしい舞台とも言えるその地にて、研究所のトップから下された第一の指令とは・・・
「ヒロインの舞台を壁際でそっと見守る感じでお願いします。紫のバラの人をイメージしてください。」
「・・・」
東京、大井競馬場。未来の情報を活かすのにうってつけのこの場所で、自分、新橋 周一郎に下された最初の指令というのが・・・
「分かりにくかったですか?売り出し前の地下アイドルのライブで、後方で腕組みしながら見守る彼氏みたいな感じです。」
「それ、1回目の説明より理解のハードル上がっていやしませんかね。」
どうやら聞き間違いの類いではなさそうなので、諦めて応答する。確か場内にはステージらしいスペースもあったように見えたが、そこで舞台やライブが開催される様子は、今のところ見受けられない。
幸い、平日でもあるせいか人通りがまばらなスペースもあり、夜風との会話を怪しまれることもなさそうだ。平日でも結構な人数を動員しているあたり、学生とサラリーマンしか経験しなかった自分には羨ましくもある。
「えっとですね、新橋さんには以後、手っ取り早くギャンブルで生計を立てていただく事になるわけですが、例によってあまり目立った勝ち方をされては困るのですよ。」
周囲に感心していると、ようやく夜風からまともな説明が得られた。いや、まともなんだろうかこれは。ギャンブルで生計を立てる、というフレーズの人聞きの悪さが、いざ自分に当てはめるとこうも響くというのは、新しい発見だ。
「そりゃ分かりますがね。その心意気は本当に必要なのか、って話ですよ。単純におとなしくしていれば良いんでしょう?それとも、ゴールと同時に落ち着き払って、・・ふっ、見事だ、的場君。なんてつぶやいたりすれば良いんですか?逆に目立ちません?」
「言われてみると、確かにそうかもしれませんね。ところで、誰ですか?的場さんって。」
「レースに出る人みたいですよ。さっき購入した新聞に載ってます。ほら、丸とか三角のマークがいっぱい。」
まっとうに予想をするわけでも無いのに、新聞は不要と思っていたが、カモフラージュのためにも1つは買っておくべき、という夜風の提案に乗って、1部入手していた。
「わー、本当ですね。あ、こっちのレースにも出てますよ。あ、ここにも・・・あれ?同じレースに2人出ていませんか?兄弟ですかね。ええっと、下の名前は・・・的場 厩舎さんですかね。なぜでしょう、2人とも同じお名前ですね。」
「いや厩舎じゃないですかそれ。」
「厩舎?・・・あ。」
指摘しておきながら、自分が最初に間違えていただけに、どうにも気まずい。
「本当に僕らで大丈夫なんですかね。結果が分かってるのに競馬に負ける、なんて事態になったら、未来予知史上に語り継がれる汚点を残すことになりかねませんよ。」
「そ、そこは問題無いですよ多分・・・たぶん。ちゃんと買い方とレース結果、払い戻し方法についても調査済みです。なので、レースの情報は知る必要がなかったから分からなかったということで。それだけですから。ホントですよ本当、大丈夫大丈夫。」
多分と本当と大丈夫が、それぞれ繰り返されることで不安を増幅する魔法をかけてくれる。
この雇い主、悪魔だけあって魔法の才能も相応に秘めていそうだ。
「それにしたって、目立たずにって条件を満たせるかどうかは、少々怪しくなってきちゃいませんか?初心者丸出しでキョロキョロしてたら、さすがに目立ちますよこれは。」
「うーん、確かに・・・否定できませんね。少し作戦を練り直しましょうか。とりあえず新橋さん、スッカラカンにならない程度に2,3回くらい普通に遊んでみてください。」
「まずは様子見、ってところですね。いやぁ、勝負師として新たな才能なんか見つけちゃったりしたら、どうしましょうかねぇ。」
ここは腕の見せ所とばかりに、この先の情報を把握している上司を少しばかり驚かせてやろうと、本気で当てるつもりで新聞に目を通した。
馬券の種類と買い方を確認し、今ある情報から徹底的に分析、推理する。そして自らたどり着いた理論に基づき、最も確実な手段で3つのレースに挑んだ。
「凄いです新橋さん。もしかして、今日のレースの情報を新橋さんもあらかじめ覚えてきていたんですか?そうでなければ、信じられませんよこんな結果。こんな・・・ガッチガチの予想で全部きれいに外すなんて。」
どうやら上司を驚かすという目標は達成した様だが、不本意である。
「いやぁ、分かりますか?こう見えて記憶力はそこそこいい方なんですよ。って、なわけが無いでしょうよ!」
1レース目、単勝。これは1着を当てる馬券。ダントツ一番人気の馬を選択した。
2レース目、馬連。1,2着が当たれば順番が逆でも良いらしい。ボックスという用紙を使った。何頭か選んだ複数の馬から、全部の組み合わせを買うことが出来るらしい。6頭ボックス、15通り。
3レース目、もうこれなら大丈夫と、もう一度1番人気を買う。馬券は複勝、3着までに入れば当たりらしいが、当然見返りも少ない。少ないんだ。少ないんだから・・・当たるはずだったんだ。
「まあまあ。きっと新橋さんに勝負のセンスが無い訳では無くて、もともと難しいモノなんじゃないでしょうか。ほら、周りのベテランの皆さんもほとんどそんな感じで盛り上がってらっしゃった訳ですし・・・フフッ。」
「笑いが我慢出来ない時はマイクをオフにすることをお勧めしますよ、ったくもう。」
デフォルメされたマスコットのごときアバター。そのアバターごしの楽しそうな上司の声にいらだちを隠せない。隠すことが出来ようか。相手はレース結果を知っているのだから、その不公平感たるや、だ。
「と・・・フフフッ・・・とりあえず、結果は残念でしたが私の指令に関しては満点です。すっかり現地に馴染んだ上に、具体的な馬券の買い方も十分に慣れてきましたよね。さあ、ここからが本番です。」
ここからが本番、つまり、”ギャンブル”は終了というワケだ。ここから新橋周一郎奇跡の大逆転が始まるはずだったのだが、ここは上司の顔を立てておくことにする。
「お役に立てたようで何よりですよ。それで、次はどうすれば?」
「いろいろお勉強して頂いた訳ですが、ここは一つシンプルに、単勝馬券だけで勝負しましょう。次の第7レースは、5番の馬が勝ちます。新橋さん、1万円札はまだ残っていますよね?」
「所長、僕はこう見えて依頼ごとや指示には的確に応えていくほうなんですよ。」
「そうですね、ここまでなかなかの働きを見せて頂いています。それで、1万円札は?」
「僕としては、上司にも自分が出した指示を正確に覚えておいて頂けるとありがたいのですが。」
素直に回答が帰ってこないことで、察してもらえたようだ。マスコットの瞳に若干侮蔑のまなざしを含みつつ、当該指示でもっとも重要なポイントが復唱される。
「スッカラカンにならない程度に?」
「スッカラカンにならない程度に、です。」
我が懐の諭吉っつぁんは、すでに投票機の中へと転居の手続きを済ませていた。
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