路地裏通学2

 読んでいた本をダンボールに仕舞い、教科書の入ったリュックを肩に下げると、ももたちが来た方向に向かって走りはじめた。中学校は小学校とは反対の方向にあるからだ。


「じゃあね」


『ばいばーい』


 三人はその先の『平均台のみち』『子犬のさんぽみち』『まいごの十字路』をとおって『鎮守の小道』を抜けると、鬼王神社神殿の後ろに出た。


「今日も元気で来ましたねー」


 鬼王神社に祀られている鬼王様は、その白い宝玉を、キラリン! と密かに光らせるとそう思った。鬼王様はその強力な霊力で町のほとんどの事はお見通しだ。


「いってらっしゃい」


 走っていく三人に向かって小さく声をかけた。鬼王様もこの小さな末裔たちが、可愛くてしょうがないようだ。


『行ってきまーす! 』

 鬼王様の声はももとさくらには聞こえるがたもっちゃんには聞こえない。

「誰に言ったの? 」

 たもっちゃんが二人を振り返り不思議そうに言った。


「なんでもないよ、行こう」


 そして、境内の一画に建てられた幼稚園にさくらを送り届けて分かれると、小学校は鬼王神社の鳥居のすぐそばだ。

 ももとたもっちゃんは、鳥居を駆け抜けると元気に校門へと向かった。


 ── ── ── ──


 校門では校長先生と防犯協会の緑のジャンパーをきた影の氏子衆の一人、中国人の李さんが立っていた。

 今日の担当だ。

 校門の前だけは担当を決めて、監視するようにしている。


 校門だけではなく、朝の登校時間には町のあちこちに、防犯協会のジャンバーを着た影の氏子衆が、仕事に行く前に立っているのだが、多くの子どもたちは、路地裏通学なので、路地から出てきた交通量の多い交差点や、死角になっている曲がり角などに重点的に立つようにしている。

 ごんちゃんは決して強制はしない、みんな自発的に行っているのだ。


 そんな校門に続々と子どもが入っていく、肌の色の多様な子どもたちだが、校門を通る時は自国の挨拶をするのが、いつものことだ。

 校長先生や李さんに向かっていろんな国の言葉が飛び交う。なにせこの町は小さいながらも国際都市のように多様な人種が住んでいるのだ。町の政策として、古くから外国人を受け入れてきた結果、多くの人が、町の居心地がよくて一旦住み着くと離れようとしない。


「おはようこざいまーす」

「ニー ザオ」

「ボン ジーア」

「グッ モーニング」

「アニニョハセヨ」

「ドーブラエ ウートラ」

「ボンジュール」

「ナマステ」

「ブォンジョルノ」

 ……


『おはようございます! 』

 四年一組のクラス全員が、教壇に立つ担任の白鳥しらとり小百合さゆり先生に声を揃えて挨拶をする──神馬ももと新垣保がいるクラスだ。

 このクラスもおよそ3分の1の10名ほどが、純粋な日本人ではなかったが、クラスでの挨拶は日本語に決めている。

「おはよう」

 あまり化粧っ気のない笑顔で白鳥先生は微笑む。

 白鳥先生は化粧をしていようが、してなかろうが、美しい。

 肩にかかるくらいの長さの、黒くてツヤツヤの髪、そして高身長で抜群のプロポーション、小学校PTAの男親には、この町一番のベッピンさんで通っている。

 今年になって赴任してきたばかりだ。


「じゃあ朝の会を始めます。あと一ヶ月程で鬼王神社の夏祭りがあります。いろいろ準備を手伝うみなさんもいると思いますが、くれぐれも怪我をしないようにして下さい。お祭りが終わった次の土曜日は、保護者や地域の人たちを招いて、学校公開が予定されています。それが終わると夏休みでーす」

『やったー』

 ざわつく教室。

「ふふふ、でもね、お祭りの前は成績を決めるテスト週間だから、いーっぱいテストがあるわよ、みなさん…頑張ってね」

『ガーン! 』

「さて授業を始めまーす」

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