路地裏通学

 タタタ…


 元気よく伸さんの店の前を走り去ったももとさくらとたもっちゃん。

 とあるビルの横をスッと右手に曲がった。

 そこは『タヌキの散歩みち』

 ビルの角には『タヌキの散歩みち』と掲げられた木製看板が作られている。

 大人がかろうじてすれ違えるくらいの道幅の裏路地で、車は入ってこれない。

 ビルの裏のその通りには、瓦屋根の木造民家がひしめくように立ち並び、家の前には鉢植えの植物や盆栽などが所狭しと並んでいる。

 水やりをしたり、掃除をしたり、新聞を取りに来たり、家の表に出てくる老人たちは一様に笑顔で、子どもたちと挨拶をかわす。

 その老人たちに言わせると、昔はタヌキが足早に走り去っていくのがひんぱんに見受けられ、タヌキの通り道になっていたらしい。町が近代化した今となっては、あまりその姿をみることはなくなったが、路地の名前に名残が残っている。


「もも、さくら、保、おはよう」

 一人のおばあちゃんが声をかけた。

『おはよう! 』三人は元気に挨拶する。

「もうすぐ鬼王神社の夏祭りだねえ、盆踊りの練習してっかい? 」

「バッチリ! 」

 さくらがニコニコ言った。

「今年は誰が太鼓叩くんだい? 」

「ジョニーとボブのアメリカンブラザーズだよ、ノリノリの盆踊りになるよ絶対! 」

 走りながらたもっちゃんがいった。

「そうかいそうかい、いってらっしゃーい」


『行ってきまーす』


「おーいもも、さくら、今年は神輿にのるのかい? 」

 別のおじいちゃんが声をかける。

「うん、バッチリ決めるから見ててね」

 ももが嬉しそうに言った。

「楽しみにしてっからなー」

「はーい」


 この町に世代間のギャップはまるでない。全員が家族なのだ。この町のお年寄りたちは子どもたちの成長を一番の楽しみにしている。


 三人はその路地の途中まで走ってくると横に曲がった。

 そこは『猫のおやすみ通り』


 ビルとビルの隙間の地図にすらのっていない小道だ。小道に面するように置いてあるエアコンの室外機の上には、食材を入れたダンボールやバケツ、醤油の一斗缶などが置かれ、自転車があったりと、物置として使われているような小道だが、東に面していて朝日が注ぎ込む。

 そんな荷物の上で猫がたくさん寝ているのでそう名付けられた。


 今朝ものんびりと猫たちが寝ぼけていた。

「ボスおはよう! 」

 さくらが1匹の老猫に声をかけた。

 岩石のようないかつい顔をして、体の大きな雄猫は日差しに囲まれて、

 にゃー、とひと鳴き。

 顔とは対照的に日差しにキラキラ光る真っ白い毛並みは、高貴ささえ漂わせている。同じように荷物の上で寝ている猫たちも一目置いている。ボスはここら辺の猫のボスなのだ。いや、それだけではなく、町中の野生もしくは野良動物のボスでもある。


 その本領が発揮されるのは少々先のお話で……


 子どもたちが毎朝通るのはどの猫も承知していて、逃げる事がほとんどなかった。驚いて逃げるのは、この町に来たばかりの新参者の猫だけだ。

 そんなビルとビルの脇を軽快に足取りで抜けて、一方通行の通りに出ると反対側の路地へと駆け込む。

 この路地もビルとビルの間にある車が通れない隙間だ。


 ──この町にはこうした路地がたくさん。

 この町で育った大人達も子どもの頃に、よく使っていた。

 一つ一つに名称がつけられ、誰もが熟知している。

 車が入れない路地は、どこに行くのにも安全で、どこに行くにも最短距離で移動できる、便利な通路なのだ。こうして学校や幼稚園に行くことを町の人々は路地裏通学と呼んでいた。


 今、三人が走っている路地は通称『廃墟のみち』なぜなら、持ち主がいなくなって廃墟になったビルの脇を通るからだ。

 廃墟ビルの裏手には、コンクリートで作られた外階段があり、雨よけにもなっている。階段の下には、いた、今日もいた。


「どんとくんおはよう」

 先頭のももが声をかけた。

「お、もも、さくら、たもつ、おはよう。今日も正確だねぇ、丁度八時だ」

 外階段の下にパイプイスを広げ、なにやら本を読んでいたどんと君は腕時計をみてそういった。

「ばっちりでしょう 、お姉ちゃんよりさくらのほうがせいかくー」

 さくらが得意げに声をあげた。

「すごいねさくら、すごいすごい…」

「えへへ、ほめられちゃった」

「さてと、じゃあ僕も行くかな」


 この場所はどんと君の指定席だ。階段の下に置いてあるダンボールには、なにやら難しい本がいっぱい入っていて、朝、新聞配達が終わった後に、いつもここで本を読んでいる。

 どんと君は、少々放浪癖のある中学一年生男子だ。

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