第23話 眠り姫の起こし方 2 完

 ライセは、映画のコマ送りのような世界を流れに任せて流されていた。


 そしてついに、ひとつの場面に辿り着く。


 そこには、今まさに剣を振り上げ自分の身を貫こうとする自分自身の姿があった。


「諦めるなー!」


 ライセは右手を必死に伸ばし、心の底から叫んだ。


「姫のことが本気で好きなら、諦めるな!俺ぇぇえ!」


 剣はその身に突き刺さり、鮮血が流れ落ちる。


「痛ってーー!」


 ライセの剣はギリギリ軌道を変え、自身の左太腿に突き刺さる。


 泣くほど痛いが、死ぬより全然マシだ。傷口に薬草を塗り、布を巻いて応急処置をする。


 ライセはその場に大の字に寝ころがると、ゆっくり目を閉じた。


「サクラ、ちゃんと戻ってこれたよ」


 ライセはそのまましばらく横になっていた。いつしか陽は沈み、夜空に星が輝きだす。


「姫。戻ってきてください、姫」


 ライセはボソッと呟いた。


 それからガバッと起き上がると、剣を両手で握りしめた。


「俺にはあなたが必要なんです。お願いです。戻ってきてください、姫!」


 ライセは必死に願った。しかしどれだけ呼びかけようが、剣は何の反応も示さない。


 疲れたライセは、再びバタンと倒れ込んだ。


「やっぱり無理だよ、サクラ」


 ライセは再び目を閉じた。


 それから不意にサクラに送り出された時のことを思い出す。正座でお説教なんて、いつ以来のことであっただろうか?


 ライセはフッと微笑んだ。


「そういえば…」


 あの時サクラが言っていたことを、ライセはやっと思い出す。


『ライセ、よく聞いて!』


 サクラは仁王立ちで、正座するライセを見下ろしてくる。


「女の子はね、愛する王子様のキスで目覚めるものなのよ」


「…?でも俺は王家の者では…」


「バカね!」


 サクラはライセの言葉を遮った。


「身分の話じゃないわよ。女の子の心の中にはね、皆んな運命の人が住んでるの。それが王子様!」


 ライセの理解の範疇を超えた話だった。


「どうせ勝ち勝負なのよ。ライセの気持ちをドーンとぶつけるの!」


 サクラは拳を振り上げ、力強く声を張り上げた。


「強気でドーンと!」


「なんだよ、勝ち勝負って」ライセは夜空を見上げながらハハッと笑った。


 そしてガバッと立ち上がると足を肩幅に開き、大きく息を吸い込んで夜空に向けて声を限りに叫んだ。


「サクラー!俺はお前のことが好きだー!お前のいない人生なんて、俺は絶対にイヤだーー!」


 告白の勢いのまま、ライセは剣の柄にキスをする。


 その瞬間、剣から光が溢れだし、ライセは思わず目を閉じた。


「本当、イヤになるわね。どっちに告白したのか紛らわしくて、嬉しさも半減だわ」


 眩い光のなか、聞き覚えのある声がライセの耳に届く。未だ光が収まらぬ中、ライセが必死に目を開くとひとりの少女と目が合った。


 サクラ姫は拗ねた顔をして、プイと横を向く。


 いつしか光は収まっていた。


 ライセはアワワと焦りに焦った。


「俺はホントに姫のことが…」


「冗談よ」


 サクラ姫はライセの言葉を遮ると、ライセにギュッと抱きついた。


「私もライセ、あなたが好きよ」


「俺も好きだ、サクラ」


 ライセもサクラ姫のことを、ギュッと抱きしめるのだった。


   ***


 ライセとサクラ姫は休憩を挟みながら夜通し歩き、朝日が昇るころに瘴気の門までやって来た。


 案の定、瘴気が溢れ出している。幸い鬼は出現していない。


 あの時は炎王が瘴気を吸い上げていたため気付かなかったが、かなり密度の濃い瘴気である。


「これは」


 その時、瘴気の門の周辺に折れた剣が何本も散乱していることに、ライセが気付いた。


「あの男の仕業か」


 魔法壁の性質上、衝撃を与え続ければ消滅するのは当たり前である。しかしその事実を知らない元近衛騎士団長が、それをやり遂げたその根気に敬意を表しそうになる。


「だけどこのまま放っておくと、次の炎王が誕生してもおかしくないわね」


 サクラ姫が溜め息をついた。


「ああ、それでか」


 ライセは納得した。


「あの男、異形の鬼と意思疎通をしているようだった。炎王化が始まっていたのかもしれないな」


 元騎士団長は、鬼の軍勢が揃うまでこの地に留まっていた筈である。瘴気の影響を受け始めていたのだろう。


「私への復讐心が勝ってくれて、良かったてことなの?」


 ドッシリと腰を落ち着けて準備をされていたら、今度は人間の魔王が誕生していたのかもしれない。


 とはいえ、サクラ姫は複雑な心境であった。


「さて、どうするか」


 ライセとサクラ姫はお互い顔を見合わせた。


 ふとその時、ふたりのそばにある立派な大木にサクラ姫の目が惹かれた。


「あら、この木」


 サクラ姫は大木のそばに近付き、幹に触れながら上まで見上げた。


「あの時の木ノ実と同じ力を感じる」


「あの時の種だ!」


 ライセも見上げながら驚いた。


「こんなに立派に育ったのか」


「この木の力があれば、もしかして…」


 サクラ姫が呟いた。


 その時、一羽の小鳥がふたりの周囲を廻り、サクラ姫の足もとに一本の小枝を落とす。拾い上げると不思議な力が伝わってきた。


「力を貸してくれるのね」


 サクラ姫は神木を見上げると「ありがとう」と頭を下げる。それから瘴気の門に近付くと、神木の小枝に有りったけの自分の力を込め、門の中に投げ入れた。


 すると、瘴気の門は次第に萎んでいき、最後には綺麗さっぱり消滅した。


「終わったわ」

「終わったな」


 ふたりは神木の幹に並んでもたれ掛かると、同時にその場に座り込んだ。


 それからふたりは、少し照れくさそうに手を繋ぐ。


 その時、ふたりの間の木の根元に文字のようなものがあるのを、サクラ姫が発見した。


「ここ、何か彫ってある」


「どれ?」


 ライセは覗き込んだ。


『いつまでもおシアワセに サクラ』


 神木が成長したためか字は歪んでしまっているが、それでも確かに読めた。


「サクラだ!」


「サクラは私たちならここに来ると、分かっていたのかしらね」


 ライセとサクラ姫は顔を見合わせると、バチンと瞳が合った。お互いそのまま見つめ合うと、頬を紅く染めながら初めてのキスをした。


 太陽の光も暖かな風も、ふたりを祝福するように優しく包み込む。


 まるでサクラの祝福する声が聞こえてくるようであった。




   完










   ***


「ライセが剣の柄にしたアレは、なんですからね!」


 サクラ姫の乙女心は反論を受け付けませんので、あしからずご容赦ください。





   おわり

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魔剣士サクラは姫のサクラに負けたくない! さこゼロ @sakozero

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