第22話 眠り姫の起こし方 1

 エンゲートの砦では、大問題が発生していた。セイレーンへ帰還するための次元の歪みが消滅してしまったからである。


 最初に発見したのが境界軍の兵士であったのは、幸運であった。


 現在「炎」に取り残された人々の数は決して少なくない。この情報が知れ渡ればパニックを起こしかねない。情報を遮断し、ムサシが帰還するまで耐えるしか方法がなかった。


 ムサシは必ず戻ると信じていたからである。


   ***


「トリナ。この魔法壁はいつまで保つんだ?」


 ムサシは次元の歪みを封じているトリナの魔法壁を指差して言った。


 ムサシ自身は魔法壁の使い手ではないので、そのあたりの事はよく知らないのだ。


「そうねぇ。外的な要因がなければ、私が解除するか死ぬまでは保つかしらね」


「お前が死ぬと、ここがまた開くのか」


 ムサシは腕を組み、目を閉じて思案顔になった。


「また別の者が封じたらいいと思うのだけど?」


「それは俺も考えた」


 ムサシは目を開くと、トリナを見た。


「最初は上手くいくだろうが、いつまでも上手くいくとは思えない」


 ムサシの意見にトリナは口を噤んだ。確かに時代が進むと、どこかで途切れる可能性が高い。


 サクラは座り込んだまま、ふたりの会話を聞いていた。体がヘトヘトで立ち上がる元気もない。難しい話は大人に任せて、サクラは大の字に寝ころんだ。


 その時、背中がグリっと痛んだ。石でもあったのかもしれない。


「イタタ」


 サクラは身をよじると、その石を拾い上げた。が、石ではなかった。


「何だろ、これ?」


「種…だな」


 ライセも覗き込み、答えた。


「あら、不思議な力を感じる種ね」


 トリナはサクラから種を受け取ると、マジマジと見つめた。


「もしかしたら、木ノ実が残した神木の種かもしれないな」


 ライセが呟いた。


「神木の種?」


 サクラが繰り返すと、ムサシが「何の話だ?」と興味を持った。


 ライセは炎王と神木の関係について、サクラに簡単に説明をした。


「ナルホドな」


 ムサシはサクラの説明を受けて、炎王が自然界の力を牛耳っていた理由に納得する。


「それだけの力があるのなら、使えるかもしれないわね」


 トリナは種を握りしめた。


 全員が「ハテナ?」顔をトリナに向ける。


「この魔法壁のコアによ!術式を刻み込めば、この種が生きてる限り魔法壁は消滅しないはずよ」


   ***


 帰路の途中、サクラは「セイレーンに帰れないかもしれない」とムサシとトリナに伝えた。


「どうして?」


 トリナは蒼い顔になる。


「次元の歪みが消えてるかもしれないんです」


「あり得るかもな」


 ムサシは頷いた。


「炎王が自分で開いたみたいな事を言っていた。その炎王がいなくなったんだからな」


「だったら、私たちはどうなるの?」


 トリナは泣きそうな瞳でムサシの顔を見上げた。ムサシは何も答えない。否、答えることが出来ない。


「だからね、ムサシさまには王様になって欲しいんだ」


「は?」


 サクラの突然の申し出に、ムサシは素っ頓狂な声をあげた。


「そしたらたぶん、皆んな安心する」


「エンゲート国の初代国王は『雷帝のムサシ』という男だ」


 ライセが呟いた。


 その声を聞いたサクラはオウムのように繰り返す。


「なんかね、エンゲート国の初代国王は『雷帝のムサシ』て人なんだって」


「何の話だ?」


 ムサシが首を傾げる。


 サクラはライセのことを簡単に説明した。


「ライセが未来の人間?」


 ムサシとトリナは、声を揃えて驚いた。


「うん。だからムサシさまなら『大丈夫』てことだよ!」


 サクラはアハハと笑った。


   ***


 途中で夜を明かし、ムサシたちがエンゲートの砦までもう少しのところまで戻ってきた頃、砦からひとりの幹部兵士が走ってきた。


 その表情から、ただの出迎えでないことをムサシは悟った。


「ムサシさま!」


 兵士は息も絶え絶えに声を絞り出した。


「いい。大体の見当はついてる」


 ムサシは毅然とした態度をとる。そして改めて、ムサシはサクラの存在に感謝した。いくらムサシと言えども、突然こんな報告を受けていたら途方に暮れていたに違いないからだ。


「すぐにこちらに残る全ての者を大広間に集めてくれ。俺から公表する」


「了解しました!」


 兵士は再び走って戻っていった。


「すまない、俺も先に戻る」


 言うが早いか、ムサシは既に走りだしていた。


「やっぱり帰れないのね」


 トリナは「ハァ」と溜め息をついた。幾分落ち着きはしたが、やはり元気はない。


「そんなに悪いことばかりじゃないよ。トリナさまは王妃様になるんだから」


「え?」


 トリナは一瞬意味を図りあぐねたが、徐々に顔が真っ赤になる。


「ライセがそう言ってるの?」


「えーと?」


 サクラはチラリとライセを見た。


「悪いが、そこまで覚えてない」


「あちゃー」とサクラは心の中で舌打ちした。


「なんかね、ライセもそこまでは覚えてないみたいだけど、ムサシさまを見てたら分かるよ!」


「そうかしら?」


「そうだよ!」


 ふたりは顔を見合わせると「アハハ」と笑った。


「サクラ、おかえり!」


 その時ナナカの声がした。話しているうちに、いつの間にか砦の門まで戻ってきていたのだ。


 門の前で、ナナカがこちらに手を振っている。近くに二人の兵士も並んで立っていた。ナナカの事件の時に知り合った兵士である。


 それなりに歳も近いということもあり、その後四人で行動する機会も少しずつ増えていた。


 今のところサクラはナナカの友達というポジションだが、いずれこの中から二組のカップルが誕生することになる。


「ただいま、ナナカ!」


 サクラはナナカの元へ駆けていくと、ナナカにギュッと抱きついた。


「ホントに無事で良かった」


 ナナカもサクラをギュッと抱き寄せた。


   ***


 ムサシから重大な発表があるということで、全員が大広間に集められた。


 そして、


 次元の歪みが消失したため戻れなくなったこと、


 ここに国を興し、ここで生きていくしか方法がないこと、


 を告げられた。


「皆が許すなら、俺が王になってもいい。信じてついてきてくれ!」


 ムサシは最後に頭を下げた。


 少しの沈黙のあと、ポツポツと拍手が鳴り始め、やがてワッと大広間中に広がっていった。


 皆んなそれぞれ不安は抱えていただろう。しかし大きな混乱にならなかったのは、ムサシのカリスマの為せる業であった。


   ***


 その日の夜。


 サクラは自室のベッドに座り、窓から見える月を眺めていた。そして覚悟を決める。


 サクラには、もう一つやり残してることがあった。


「魂喰、いてるよね?」


   ***


 翌朝、サクラはムサシの元へ赴いた。


「こんな朝から、一体どうした?」


 ムサシはサクラをソファーに座らせると、自分も対面に座った。トリナも人数分のお茶を用意すると、ムサシの横にちょこんと座る。


「魂喰を預かってほしいの」


「魂喰?」


「私の剣の名前」


 言いながら、サクラは自分の剣をムサシに渡す。


「物騒な名前だな。そんな名前だったのか」


 ムサシは受け取ると、何の気なしに剣を鞘からカチリと抜いた。


「お前、これ…」


 ムサシは絶句した。そこには刀身が無かったのだ。


「ライセを元の時代に帰したの」


「そんなこと、どうやって?」


「魂喰にそういう力があるみたい」


「その力で、俺たちも帰れないか?」


 ムサシが身を乗り出して興奮した。


「たぶんだけど、肉体は移動出来ないと思う」


 サクラの言葉にムサシはソファーの背もたれに倒れ込んだ。


「そりゃそうか。そんな都合の良い話なんてないわな」


「だけど、どうして私たちに?」


 トリナがここで初めて口を開いた。


「この剣はいずれこの国を救う大事な剣なんです。私じゃ失くしちゃいそうなんで」


 サクラはアハハと笑った。


「本当に、これで良かったの?」


 トリナはいろんな意味でサクラに尋ねた。


「これが、一番良いんです」


 サクラはいろんな意味でトリナに答えた。


 しかしその時、サクラの目から涙がホロリと零れ落ちた。


「サクラ…」


 トリナが哀しそうな表情になる。


 サクラはバッと立ち上がると、部屋を横切りテラスへ飛び出した。


「ライセーーー!」


 サクラは喉も張り裂けんばかりに叫んだ。


「私はここで頑張るからーー、お前はそこで頑張れーー!」

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