第9話 噂の魔剣士 6

 戦闘はもう殆ど終盤である。ここまで来てムサシが遅れをとることはないだろう。


 ただ時々、ムサシは空中で、ライセに理解出来ない妙な動きをする。「あれは何だ?」とサクラに尋ねてみた。


「あれはね、ムサシさまの守備魔法なの」


 前述したとおり、一般的な守備魔法は、皆一様にバリアのようなものを展開する。それは「身を守る」という行動に対して、本能が「攻撃を防ぐ」という手段を選択するからである。


 しかしムサシの本能は「防ぐ」ではなく「躱す」を選択したのだ。彼の非凡さの表れである。俗に言う、「当たらなければ、どうということはない!」である。


 効果としては、ムサシが瞬時に見切った敵の攻撃範囲から即座に移動するというものだ。これは彼自身がどの様な体勢であろうと発動する。かなり強力な魔法だが、物理的に拘束状態にある場合は発動しない。脆い一面もあるのだ。


「待たせたな」


 ムサシが息ひとつ乱さず戻ってきた。


「そういえば名乗ってなかったな。俺は」


「知ってます!」


 サクラが口を挟んだ。


「雷神のムサシさま!」


 サクラの熱のこもった声に、ムサシは豪快に笑った。


「俺如き存在を知ってくれてるなんて、光栄だな」


 謙遜である。ムサシの名を知らぬ者は、この国にはあまりいない。最上位の魔法力を有し、更に剣術にも長けている。境界軍を代表する英雄である。


「しかし少女よ。俺はお前を知らない。どこの所属だ?」


 ムサシの問いに、サクラはアワワと否定した。


「私、入隊試験落ちたので、軍に所属してません!」


「落ちた?お前が?」


 ムサシは納得いかない表情で、サクラを興味深げに見てくる。


「ちょっと、いろいろありまして」


 サクラはしどろもどろしながら、無意識に剣を背中に隠した。


 その剣の妙な気配に気付いたムサシは、興味の対象を剣に移す。


「すまない。ちょっとその剣…」


「貸してくれないか?」と続けようとした瞬間に、「グォー!」という悲痛な叫びが轟いた。


 おそらく、声の主は割と近くにいる。


 ムサシは既に走り始めている。サクラとライセも後に続いた。


 見たままを伝えると、割と間抜けな現場だった。


 岩山の少し高いとこにある、子どもがやっと通れそうな小さな穴から、大柄な鬼が上半身だけ出た状態で引っかかっていた。


 ムサシは、ひょいひょいと岩肌を登ると、鬼を真っ二つに斬り裂いた。上半身はゴロゴロと岩肌を転げ落ち瘴気を噴き出し消滅する。下半身の方は穴の奥に消えていった。


 ムサシはその穴を警戒しながら覗き込む。ライセもスイスイと岩肌を登ると、同じように覗き込んだ。どうやら、もう何もいないようだ。


 ムサシはサッと飛び降りてきた。


「しかしこんな穴、いつからあるんだ?早急に埋めないと、境界軍の存在意義が無くなりかねん」


 ムサシは腕を組んで、厳しい表情になった。


 その時、穴を覗き込んだまま一向に降りてこなかったライセが不意に声をあげた。


「この岩山、本当に見た目通りなんだろうな?」


 サクラが見つけた蟲のことが、ライセの脳裏によぎる。


「え?」


 ライセの言葉に反応したサクラの事を、ムサシは見逃さなかった。


「お嬢ちゃん、どうした?」


「あ、えーと」


 ライセの言葉の意味もわからないまま、オウムのように繰り返した。


「えーと、この岩山。本当に見た目通りなのかな?…なんちゃって」


 サクラの軽口を聞いたムサシは、言葉の意味を推し量る。


 その直後、何かに気付いたかのように岩山を駆け上がる。そのまま防壁に辿り着くと、その向こうへ姿を消した。


「サクラ、今のうちに帰ろう」


 いつのまにか降りてきていたライセの言葉に、サクラは「うん」と頷いた。


   ***


 ムサシは早急に兵士たちに指示を出すと、封鎖している洞窟の中に侵入した。


 境界軍は普段、洞窟の中に侵入することは滅多にない。中は暗いうえに狭い。不意に鬼との遭遇戦になる可能性もあり危険だからだ。そこで基本的には防壁まで誘き寄せて、包囲殲滅がメインとなる。


 だから今回のムサシの侵入が、いつ以来のことになるのか、誰にも分からなかった。


 突き当たりに到達したムサシは、信じられないものを見た。


 小さな部屋だと聞いていたこの空間が、大きなドーム状の空間に発展していた。


 よく見ると、至る所に小さな蟲が這い回っている。岩を食べているようだ。遅れてきた兵士たちに、蟲の駆除と細い洞穴の埋め立てを命じる。


「運が良かった」


 ムサシは、ホッとひと息ついた。


 たまたま外に繋がったあの洞穴が、この危機に気付かせてくれた。幸いなことに、山が崩れる程には空間は広がってはいない。今ならまだ、対策がとれる。


 そして、あの少女の存在。あの言葉がなければ、ムサシはこの危機に気付かなかった。本当に運が良かった。


「ムサシさま!」


 ひとりの女性が駆けよってくる。明るい茶色の髪を腰まで伸ばした、スラリとした美人である。


「トリナ。何故お前がここに?」


 ムサシは、ある調査のために自分の相棒であるこの女性を街に派遣していた。彼女がここにいるという事は?


「ああ、そういうことか」


「月下剣士を調査するうえで、あの子、サクラのことも候補に入っていたのですが…。近所の評判を聞くに、私はハズレだと思っていました」


 実はトリナは、夜な夜な現れる噂の剣士について調査していた。出現場所からある程度の範囲を絞り、数名の候補を監視していた。


 今日はサクラたちの後をずっとついてきていた。そこでサクラの奮闘を目の当たりにしたのだ。


「あの子の剣は、魔剣だ」


 ムサシの言葉にトリナは驚いた。


「魔剣?」


「ああ。どういうモノかは分からんが、俺と同等の強いチカラを感じる」


「ムサシさまと?」


 トリナは何から驚いたらいいのか、分からなくなった。


「トリナ、例の話受けるぞ!」


 ムサシは何やら楽しそうな顔で出口に向かって歩き出すと、トリナに「ついてこい!」と声をかけた。


   ***


 帰りの汽車の中で、ライセはムサシについて考えていた。


 その腕前に感心するのは当然なのだが、何かがライセの記憶に引っかかる。


「雷神…雷帝」


 不意に「そうか!」と記憶が繋がる。


 ライセのいた国を興した初代の王が、雷帝と呼ばれる男であった。ムサシという名前であったはずだ。


「偶然だよな?」


 ライセはだんだん遠くなる界門山の姿を汽車の窓からいつまでも眺めていた。

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