第4話 噂の魔剣士 1

 サクラの一日は朝の剣術の修行から始まる。愛読している指南書「千里の道も一歩から!誰でも分かる剣術の基礎知識」を片手に庭で稽古に励む。なかなか望むような成果は上がらないが、努力を苦労と思わない、真っ直ぐな性格である。


 それを終えると「基礎学舎」へ通う。所謂学校である。人間が生活するうえで最低限の勉強と知識を学べる国の機関であり、家庭環境や収入などの一定の条件を満たせば、ほぼ無償で通うことが出来る。


 サクラは幼いころに両親を事故で亡くし、それ以来母方の祖父母のもとでお世話になっている。お世辞にも裕福とは言えない状況であるが、不満に感じたことなど一度もない。彼女のなかにあるのは、感謝の一択である。


 基礎学舎は半日で終わる。そのあとの時間の使い道は、学生それぞれによって大きく変わる。一番多いのは「高等学舎」に通うことである。ここは授業料は高額だが、更に高度な勉強や知識を学ぶことが出来る。


 次に多いのは、剣術などの指南場に通うことだ。指南場の種類は多岐にわたり、自分の得意なスキルを伸ばし将来の役に立てようて訳だ。もちろん有料である。


 毎日遊び回っているだけの者もいるが、中には仕事をしている者もいる。サクラもそのひとりである。手紙や荷物を配達する手伝いをしている。修行の一貫と称して街中走り回っているのだ。子どもが選べる仕事のなかでも、わりと実入りの良い方であり、一石二鳥である。


 本当は、剣術の指南場に通いたい気持ちも確かにある。祖父母に相談すれば、必ず了承するだろう。だがきっと、祖父は収入を増やすために内緒で仕事の量を増やすだろう。それが原因で体を壊してしまうかもしれない。サクラにはそれが怖い。大好きなふたりには、長生きしてもらいたいのだ。


 仕事から帰ると、祖母とともに家事の手伝いをする。そして夜寝る前にも剣の稽古を行い、一日が終了する。


   ***


「もうすぐ卒業ね」


 基礎学舎での休み時間、友達のナナカがサクラに話しかけてきた。


 細い縁なしの眼鏡をかけた知的な顔立ちをしている。見た目どおり頭も良い。高等学舎にも通っているのだが、成績も上位だと聞いている。


 朝から晩まで忙しいサクラには、あまり友達はいない。ほとんど唯一と言っていい存在である。


 サクラは現在15歳。基礎学舎の最高学年であり、今年で卒業を迎える。


「サクラは、やっぱり?」


「うん!私は境界防衛隊に入る」


 サクラは力強く頷く。拳を握りしめ、決心は固い。


 境界防衛隊(境界軍)とは、文字通り「この世界の境界を防衛する軍隊」のことである。


 その説明をしていくためには、先ずはこの世界のことを説明していかなければならない。


 もうどれ程昔のことになるのか、平和に生活していたこの世界に、突然見たこともない異様な生物が襲来した。人間のように二本足で立ち、武器を手にしている。しかし人間との一番の違いは、その生物が死ぬと黒い煙を噴きながら消滅することであった。


 多大な犠牲を払いつつも、その生物をなんとか撃退出来たのは、その数があまり多くなかったからである。


 調査を進めていくと、国の外れにある大きな岩山から出現した可能性が高い。


 この岩山、山のように大きいが、専門家の話によると一つの大きな岩石であるという。その山の麓に中まで続く洞窟があるのは、既に知られた事実である。どうやら、この中から現れたようなのだ。


 調査隊が中に進んでいくと、その突き当たりの次元が歪んでいるのを発見する。調査隊は意を決して歪みの中に進入していった。


 その先で彼らが見たものは、別の世界の光景であった。のちに便宜上、あちらの世界を「炎」こちらの世界を「水」と名付けられる。


 報告を受けた当時の王は、直ちに洞窟の出口周辺を閉鎖するよう指示を出す。狭い洞窟が幸いだった。一度に大軍で襲われる心配がない。


 出口周辺を高い塀で取り囲み、そばに砦を建造する。時折現れる、異形の鬼と名付けられた侵略者を塀の中で撃退していくのだ。境界防衛隊の誕生であった。


 もちろん、命のリスクの伴う職業である。だがその分、稼ぎが素晴らしく良い。一日でも早く祖父母に楽をさせてあげたいサクラの将来設計は、これ一本である。


 祖父母は表立っては反対していない。しかしサクラの身を案じ、内心賛成していないことも充分伝わってくる。ただこの件に関するサクラの決意は固い。


「でも、大丈夫?入隊試験があるんでしょう?」


 ナナカの問いかけに、サクラは「うっ」と言葉に詰まる。


 志願すれば、誰でも入隊出来る訳ではない。これは一定以下の実力の者が、戦闘で無駄に生命が失われないよう決められた最低限の措置である。


「大丈夫。なんとかする」


 サクラの返事はゴニョゴニョとか細い。その姿に、ナナカは「ふぅ」と溜め息をついた。


「あー。私にも魔法の才能があったら」


 サクラは自分の頭をガシガシ掻きながら上を向いて唸った。


 魔法。


 なんと素晴らしい響きだろうか。この世界には、魔法が存在する。


 しかし誰もが習得出来るものではなく、その才能を持つ一握りの人間に限られる。超レアスキルである。その才能を得た者は、個人の魔法能力に多少の大小はあれど、皆等しく重宝される。望めば、境界軍への入隊も試験が免除される。


 魔法には様々な効果があるが、こと戦闘に役立つのは、「対象を破壊する」「自分の身を守る」のふたつである。


 皆さまの思い描く火や水の魔法があるのではなく、対象を破壊するにあたって、術者自身が本能で「一番強い」と信じている効果が発現する。つまり、個人により爆発や竜巻など様々な効果が発現するが、魔法の種類としては一種類なのである。


 守りの魔法も同様である。本能が「これなら安全」と信じている効果が現れる。しかしこちらの方はあまり多様性もなく、大抵の場合はバリアのようなものを展開する。


 当然、その効果の大きさは魔法力に影響する。故に魔法力の高い者は、境界軍にスカウトされ、重要なポストに就き、人々に英雄視されることになる。


「バカ言わないの!」


 ナナカは両手をサクラの顔に伸ばすと、頬を両側からムニュと押しつぶした。


「本当は危ないことして欲しくないんだから、試験に落ちたらキッパリ諦めるんだよ」

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