第3話 姫と姫の騎士 3
「姫、もう大丈夫ですよ」
飛礫で倒した鬼も含めて、全ての鬼が瘴気を噴き出し消滅するのを確認すると、ライセは姫に呼びかけた。しかし姫はなかなか姿を見せない。
「姫?」
ライセが駆け寄ると、姫はその場にうずくまっていた。抱き起すと、その背中に一本の矢が深々と突き刺さっている。
「姫!」
ライセは蒼ざめた。汗が吹き出し、呼吸が浅くなる。何も考えられなくなっていた。
「ライセ、ごめん…なさい」
姫は振り絞るように、声を出した。
「必ず、生き延び…ようと約束…したのに…私、本当に…ダメね」
ゴホと咳き込み吐血する。ライセは何度も姫に呼びかけるが、恐らくもう聴こえていないのだろう。視線も虚ろで何処を見ているのかわからない。ただ自分の想いを言葉にすることだけに、全ての生命を燃やしているようであった。
「あなたは…生きて」
すっと姫の身体の力が抜ける。ライセは瞬間理解した、姫の生命が尽きたことを。姫の体を抱き寄せ天を仰ぐと、ライセは全身で泣き叫んだ。
抜刀、せよ。
突然ライセの頭の中で女性の声が響く。直接脳に語りかける声で、強引に我に返される。
(なんだ?)
抜刀、せよ。
腰の宝剣が光り輝いていることに気付く。
「マージクイーン?」
言葉に従いライセは宝剣を抜刀する。すると宝剣から溢れた光が姫を包み込み、まばゆい光を放ち出す。あまりの光量にライセは目を閉じた。
光が収まってきたのを感じたので、ライセはゆっくり目を開いた。そこには、光り輝く一振りの刀身が生まれていた。
ライセは息をのんだ。宝剣から自分の体に、凄まじい力が流れ込んでいるのが分かる。
しかし同時に、姫の体が何処かに消えてしまっていることにも気付く。
此方の名は、
再び、ライセの脳裏に女性の声が直接響く。
姫を亡くしてからのこっち、あまりの怒涛の展開にライセの脳はオーバーヒート寸前である。しかし無理矢理にでも、なんとか整理をつけていく。
まず、マージクイーン。こいつは人の魂を喰らう魔剣であったのだ。そして、姫の生命を喰らい力を取り戻した。
為すべきことを為せ、と魂喰の声が響く。しかし姫を護れなかったライセに、もはや為すべきことはない。
ふと遠くで、戦乱の音が響いた。
途端に残してきた人たちのことを思い出す。ライセは魂喰に視線を向けた。
「俺にも出来ることが、まだあるのか?」
ライセはゆっくりと立ち上がった。姫は「生きて」と言った。「死んだようにただ生き延びろ」という意味ではないはずだ。
「やることができた。力を貸せ、魂喰」
返答の代わりに、ライセの全身から光が溢れだす。
そのまま王城の方角を見据えると、一気に駆け出した。風のように速い。まるで流星のように光の軌跡を残していった。
途中で鬼の部隊に遭遇するも、剣を振る度に斬撃から衝撃波がほとばしり、相手の後方ごとまとめて粉砕する。凄まじい威力である。あり過ぎて、市街地や敵味方入り乱れる乱戦では非常に戦い難い。状況によっては、力を抑えないといけないだろう。
ライセが辿り着いたとき、城門はまだなんとか持ち堪えていた。
味方の被害も少なくなかったようだが、父とドダイの無事を確認することが出来た。
しかしライセはこのふたりに、今の自分の姿を見られたくなかった。姫を護れなかった情けない自分の姿を。
城門攻略の指揮官らしき一回り大きな鬼に当たりをつけると、後方から一気に両断する。勢い殺さず、周囲にいた複数の鬼を斬って捨てる。
なにやら光が煌めいたかと思ったら、指揮官の部隊が瘴気を噴き出し全滅したのだ。後方で待機していた他の部隊は、あまりの出来事に混乱した。
戦線が乱れ始める。
ライセは周囲より少し背の高い屋敷の屋根の上から城門の様子を伺っていた。
戦況は少しずつ好転しているようだ。あのふたりなら、これで充分なはずだ。ライセは背を向けた。
「自分はこの戦争を、終わらせてきます」
目標は、何処かにあるであろう敵軍の本陣。ライセは再び駆け出した。
城下町から少し離れた平原に、敵軍の本陣はあった。これといった障害物もなく、視界の開けた場所である。
敵に気付かれずに近づくのは、恐らく不可能。ライセは意を決した。正面突破である。
これ以上長々と書いても仕方がない。当然ライセは敵を殲滅した。細かい負傷はしているが、深刻な傷はひとつもなかった。
もちろんライセの実力もあるが、魔剣の力によるところが大きい。
陽は地平線に沈みかけている。ライセは剣を天に向かって掲げる。
「本当に助かった。ありがとう」
ライセの言葉に魂喰が反応する。くぐもった女性の声が脳裏に響く。
此方にはまだ力が残っている。この魂はとても上質なようだ。更なる力を授けよう。
その言葉に微かな疑問が浮かぶ。
「このまま戦い続ければ、どうなる?」
魂の力を使い果たせば、此方は再び眠りにつく。
「使い果たした魂はどうなる?」
未来永劫消滅する。
未来永劫消滅する?どういう意味だ?ライセは蒼くなった。姫は生まれ変わることも出来ないのか?
ライセは別に生まれ変わりなど、本気で信じている訳ではない。ただ、その可能性すら失われてしまったら、あまりに姫が不憫すぎる。
ライセはひとつの方法に賭けた。
「魂喰!姫を解放しろ。替わりに俺の生命を持っていけ!」
ライセは自ら剣を突き立てる。その瞬間ライセの体は光に包まれ、無数の粒子となって飛び散った。
後には何も残らなかった。
***
ハッと目が醒める。初めに目に入ったのは部屋の天井。視線を巡らすと、壁に掛けてある白い狐のお面を発見する。少しの混乱のあと、ここが自分の部屋だと気付いた。
少女はムクリと起き上がった。艶のあるセミショートの黒髪が首のあたりに触れる。手ぐしで髪を軽く整えると、ベッドから立ち上がり「うー」と大きく伸びをした。
活発そうなクリッとした目が印象的な、小柄な少女である。
「また、あの夢」
少女の名は、サクラ。
偶然にも、あの姫と同じ名前であった。
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