第9話 ホストと付き合ってることがバレたらしい。
その後、どうせなら4人でまわります?と夕陽くんが言い出したのを、ほらほら邪魔者は退散するよ!と哀子が全力で拒否して、俺とスバルはまた二人になった。
熱帯魚の水槽やクリオネの水槽を横目に通り過ぎながら、俺はまだ悶々としていた。
「俺……態度に出てたのか……?いやいや、そもそも自覚すらなかったんだし……」
「僕も気づかなかったんだけど、愛衣ちゃんさすが、鋭いね。でもなんか嬉しくなっちゃったなー」
縦長の水槽の中で旋回するイワシの群れを眺めながら、スバルがへんなクラゲのぬいぐるみを抱きしめて、頬を朱に染めている。苛立ち紛れにその頬を軽くつまんでやった。
「なに赤くなってんだよバカ」
「嬉しいんだから仕方ないだろ!僕、ずっと片想いだと思ってあきらめてたのに、実は優也が自分でも気づかないところで、僕のこと好きだったかもしれないなんてっ」
「あ、哀子が勝手に言ってるだけだろ!」
「……それにしても、夕陽くんこそ顔、赤かったよね」
「哀子が別れたこと知らなかったなら、そりゃなあ」
「そんな大事なこと、言ったと思い込んでるあたりが、すごく愛衣ちゃんらしいけどさ」
たしかに。と答えて、二人で顔を見合って笑った。あんなタイミングでカミングアウトしたのは不本意だったものの、とっくにバレていたなら初めから気負う必要などなかったのかもしれない。
哀子が怒ったように、あいつに偏見があるとか思っていたつもりはないのだが、心のどこかではほんの少しくらい、そう決めつけてしまっていたのだろうか。
まあ、これまでふつうに女の子としか付き合ってこなかったんだから、否定されるものだと無意識に決めつけてしまうのは当然と言えば当然だ。むしろ哀子が、俺が男と付き合っている事実をあんなにすんなり受け入れたことのほうが驚きだ。俺が知らなかっただけで、時代ははるかに進んでいるのかもしれない。
「……優也、ごめんね」
スバルがぽつりと呟いたので、思わずその横顔を凝視してしまった。
「なんで?」
「人が多いところで、あんな話することになって。誰も聞いてなかったかもしんないけど、でも、いい気分ではなかったんじゃないかなって思ったからさ。ごめんね」
「おいおい、堂々と手を繋いでたやつが言う台詞か?」
冗談ですませてしまいたくてそう言ってみたが、スバルは弱々しく微笑んだだけだった。俺はさらになにか言うべきだと判断し、口を開いたものの、気の利いた言葉は出てこない。
「……べつにさ」
スバルはわずかに俯いている。まぶたを縁取るまつ毛が長い。こいつの、こういう繊細な一面が見えると、俺はいつもたじろいでしまう。そうじゃない、ということを伝えたいのに、その思いはうまく言葉にならない。その結果、素っ気ない態度しか取れず、まあそれでもいいか、なんてひとりで納得してしまう。別にいいか、多分、こいつはわかってくれるだろう。
「そんな、言うほど気にしてねえから」
「ほんと?」
「ああ」
言葉を探すのは面倒くさい。なにかを正しく伝えるのは難しい。
お前が思うほど気にしてないよ、という意味の言葉も間違いではなかったが、俺が本当に言いたいことは多分こんなことではないはずだ。伝えたいことを伝えられないもどかしさを抱えたままではあるが、いくぶん気分が晴れた様子のスバルを見て、わずかにほっとしていた。
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