第3話 ホストと付き合っているらしい。
俺はまったく理性的な男であるので、スバルを迎えるために定時で会社を出たり、会った瞬間に旅先での浮気の可能性を問いただしたり、そういうみっともないことはしなかった。
空港に向かったのは定時の15分前だったし、お土産の紙袋を大量に持ち、反対の手で大きなスーツケースを引きずりながら歩いてきたスバルと顔を合わせたら、ほっとして力が抜けて、くだらないあれやこれやを問いただす気にもならなかった。
少し離れたところから、行き交う人の中に佇む俺を見つけて、スバルの顔がぱっと輝いた。
「優也、ほんとに来てくれたの?!」
長旅で疲れているくせに、とろけそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。人間に懐いて尻尾をふりまくる、愛くるしくてうっとおしい小型犬のようだ。数日ぶりに会った恋人を目の前にして、俺は無愛想に言った。
「仕事、ひまだったからな。手持ちの原稿さばいたから、少しくらい早く帰っても問題なかったんだよ。だからなんとなく来てみただけ」
「ふうん、そうかあ」
言葉の意味がわかっているのかいないのか、スバルは隣を歩きながらふんふんと頷いて、ひとりでにやついている。その様子に俺はいらつき、持っている大量の荷物を奪い取った。
「……優也って予想以上に、僕のこと大好きだよね?」
「はあ?」
やっぱりわかっていないらしい。頭の悪いホストだ。この対応を見てわからないのか?
「ふざけんな。せいぜいが、そこそこ好き、くらいだっつうの」
「へへへ。わかってるもん」
「なんだよその笑い方」
語尾を弾ませるホストを横目に大きなため息をつく。とんだハッピー野郎だ。でもまあ、幸せならそれでいい。
「ねえ優也、僕が何日かいなくて、寂しかった?」
「ぜんぜん」
「僕はね、寂しかったよ。沖縄に行ってお店のみんなとはしゃいで、すごく楽しかったけど、やっぱりずっと優也に会いたくて、そればっかり考えてたな。だから来てくれて嬉しい」
しんみりとした声でいきなりそんなことを言うものだから、俺はつい立ち止まる。
「……」
無言のまま周囲を見渡すと、すぐそばに大きな看板があった。ある空港会社の名前が書かれているところをみると、なにかの広告のようだ。しかし内容をじっくり見ている心の余裕はない。壁に面しているため裏側は影になっていて、歩いている人たちの視線はどうやら届きそうもなかった。
「……ちょっと」
それだけ言って、男のくせに細い手首を掴み、看板の裏に回り込んだ。スバルはと言うと、え、え、と困惑しながら、されるがままになっている。
先に弁解をすると、俺はもちろん変態じゃないし、別になにかおかしなことをしようとしたわけじゃない。ただ愛おしさが込み上げたから、恋人を抱きしめたくなっただけだ。そこそこ好き、なら、普通のことだと思う。
荷物を床に置き、黙って背中に両腕を回した。俺の肩のあたりに顔をうずめて、スバルがまた「へへへ」と照れたように笑った。
たった3日しか離れていなかったのに、懐かしくさえ感じるにおいを吸い込みながら、俺は言う。
「その笑い方やめろよ」
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