第4話 ホストと水族館に行くらしい。


俺がスバルに、恋人になるか、と持ちかけた夜、そういえば電話でこんなやりとりがあった。今の今まですっかり忘れていたのだが。



『……ねえまた、動物園にも行きたい!』

「めちゃくちゃ行ったばっかじゃん、嫌だ」

『そうだけど、楽しかったから~』

「まー、水族館かな。行くとしたら」

『え、いいの?!』

「もう少し暖かくなったらな」



動物園に行きたいというスバルの提案をかわすため、話題を逸らす作戦に出た俺。見るも鮮やかな攻防戦。それは一見するとうまくいっていたはずなのだが、どうやら最後の一言が良くなかったらしい。あの頃の俺は、まさかそんな些細なやりとりをスバルが覚えているなんて、夢にも思っていなかったのだ。







「来週の日曜は水族館に行きま~す」

「却下!」



スバルの家で何をするでもなくただのんびりと過ごしている休日のある日だ。気持ちよくソファで伸びているところに突然そんなことを宣言されたので、とっさに拒否をする。

なんで?!と勢いよく俺の方を見たスバルは、にわかに怒りモードだ。目の色でわかる。殺気を感じ、俺はわずかにひるんだ。



「……いや、ていうか、なんで急に水族館なんだよ」



そもそも俺はそういう、いかにもデートスポットです!!みたいなところへ行くのが元からあまり得意ではないのだ。

そんなこちらの事情も知らず、スバルは相変わらずの怒りモードで続ける。



「なんでって、約束してたじゃないか!」

「約束ぅ?!」



するわけないだろそんなもん、と続けそうになったところで、喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。件のやりとりを思い出したからだ。いっそのこと思い出さなければよかったと思う。俺は案外そういう嘘はつけないタイプであるので、顔に出てしまい、スバルが、ほらね、とでも言いたげに目を大きく開いて眉を持ち上げた。



「ていうか、水族館がいいって言ったの優也だし。暖かくなったら、とも言ったよ!もう四月なんだし、そろそろいい頃合いだと思ったんだけど?!」

「わかったわかった。怒るな。忘れてた俺が悪かった」



こういうときは潔く謝ってしまうに限る。女々しいスバルは今や、水族館を却下されたことよりも、ふたりの間でのやりとりを俺が覚えていなかったことに腹を立てているのだ。おそらく。



「……ひどいよ、楽しみにしてたのに。忘れるなんて!」



案の定だ。こいつのこういうわかりやすいところが、ややこしくなくていい。間違ってもここで、だから謝ってんだろ!などと逆ギレしてしまってはいけない。火に油だ。かといってへこへこと謝り続けるのも俺の性には合わない。



「最近俺さ、仕事以外ではなんでもかんでもすぐ忘れちゃうんだよな。毎日すげー幸せだから、つい、ぼーっとしてんだよなあ」



言いながら恥ずかしくなるがへこへこするよりはましだ。スバルはちょろい。こういうわかりやすい機嫌取りに、本気で機嫌を取られてしまうところがいいところその2だ。



案の定嬉しくなったらしく、ごろごろと喉でも鳴らしそうな勢いで、うん~僕もだよ~と言いながら甘えてきた。かわいいやつめ。



……というわけで、泣く泣く水族館行きが決定してしまった。

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