第2話 ホストと付き合っているらしい。
『職場にかわいい子がいたとしても、浮気しちゃダメだよ。じゃ、俺はいまから帰りの飛行機だから切るね。仕事がんばってね~』
電話を切る間際、スバルはそう言った。あいつには第三の目でもあるのだろうか?日頃から安定して嫉妬深いものの、このタイミングで釘を刺されると、喫煙所の前の廊下で山口と交わしたやり取りまですべて見透かされているようなおそろしい気持ちになる。
休憩を終えた俺は、自分のデスクで天井を仰ぎ、息を吐いた。
「ちょっと相川先輩、物思いにふけってる場合じゃないですよ。原稿、スキャンしたんですか?」
「やべえ、してない!」
横から声をかけてきたのは同じ島の後輩である、神田日奈子という女子社員だ。黒髪のショートカットが麗しい、俺がかつて、ちょっといいなとひそかに思っていた人物。まあそれも、アイドルを愛でる気持ちのようなものに近かったんだが。
神田はわざとらしく胸を張って、強気な笑みを浮かべる。
「よかったですね!優秀な後輩を持って」
「まったくだ……神田、どんどん仕事ができるようになるな。えらいぞ」
「気づいたときにはチーフの座を奪われてるかもしれませんよ。なんてね」
いたずらっぽく微笑んだ顔もかわいい。くるくる変わる表情がなんだかとてもまぶしくて、俺は目を細めた。
「それにしても先輩、ぼんやりしちゃって、なにかあったんですか?」
「いや、大丈夫。疲れてるだけだ。メール一通だけ送ったらスキャンかけて、制作に入るわ」
「ならいいんですけど。無理はしないでくださいね」
そう言って去っていく神田の背中を見送りながら、一瞬だけ事務の池田さんの顔を思い浮かべた。そしてすぐにかき消す。ふたりとも俺の身近にいる女の子に違いはなく、かわいい子だなあと思うが、それだけだ。己に言い聞かせているわけではなく、本当にただそれだけである現実が、いまはなんだか悔しい。
まるで俺が本気で、心の底からスバルを好きになってしまい、女の子に興味を持てなくなってしまったみたいじゃないか。
そんなわけない。あいつのことは好きだが、あくまでそこそこ好き、という程度だ。俺はずっと、嫉妬もしなければ独占欲も皆無な、理性的な男だった。これからもそれは変わらないし、スバルとは一定の距離を保って付き合っていきたいと思っている。
……そこそこ好き、という程度なんだ!!
脳内で繰り返し、頭を振った。
◆
スバルは3日前から沖縄にいる。働いているホストクラブ【デビルジャム】の、社員旅行という名目で。野郎ばかりで仲良く飛行機に乗り、常夏の島へ出掛けて行ったというわけだ。時々は連絡をよこすものの、もう何日もゆっくり会話はできていない。
俺があいつにベタ惚れじゃなくて、嫉妬をしない男で、本当に良かったと思う。まったく危ないところだった。あいつのことか大好きな独占欲のある男だったら、危なく今夜、定時で会社を駆け出して、空港まで迎えに行ってしまうところだった。
そして沖縄で他の男に目移りしなかったかどうか、不安に駆られて問いただしてしまうところだった。
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