第183話 「好き」と「好き」 (14)

「着いたー!」


 車のエンジンを切ると同時に叫ぶよう到着を告げた春海に「お疲れ様でした」と労うと相好を崩す。


「歩もお疲れ。

 車酔いしなかった?」

「はい。

 運転任せきりですいません」

「気にしないの」


 これ以上は言葉の応酬になると思ったのか窓の外を見た春海が外を指さした。


「ね、秋島神社ってあの島に見える白い建物かしらね?」

「え? どれですか?」

「ほら、左奥の上の方。

 皆島に向かって歩いてるじゃない」


 春海の指さす方を見れば砂浜から少し離れた場所にこんもりと木が茂る小さな島があり、島へと向かって歩く人の列が続いているのが見える。


「凄い……本当に海の中を歩いてるみたい」

「満潮の時間になったら神社へは渡れないらしいから、早速行ってみようか」


 テンション高めな春海に誘われるよう外へと出ると、頭上から見下ろす太陽が強烈な日差しを浴びせてくる。青い空と高々と広がる白い雲がいかにも夏の空らしく、遠浅の海沿いに並ぶ長い松林からけたたましく騒ぐ蝉の声がより一層暑さを助長させる。


 ──夏だなぁ


 どこまでも続きそうな海と潮の匂い、聞こえてくる小さな波の音は随分久しぶりで滲む汗すらも不快にならない。


「ほんと、夏ねぇ」


 日差しに顔をしかめながらの春海の言葉に思わず笑った。


「何?」

「私もたった今同じ事を思ったのが何だか嬉しくて」

「ふふ、そっか」


 歩の言葉に戸惑った眼差しを向けていた春海がくすぐったそうな顔に変わった。





「あ、待って。日傘持ってくる」

「はい」


 駐車場から一度車に戻った春海が白い日傘をさして歩の隣に並んだ。


「砂浜まで結構な距離よね。

 たどり着くまでに干からびちゃいそうだわ」

「暑いのは苦手ですか?」

「んー、そうでもなかったんだけど。

 普段が冷房の中だからかなぁ」


 ふと頭上に違和感を感じて見上げると、春海の日傘が自分の頭にも陰を作っている。


「春海さん、私は平気ですから自分に使ってください」

「歩が焼けちゃうでしょう。折角あるんだから二人で使えば良いじゃない」

「でも、」


 いつも横に並んで歩くだけの距離に今日は傘を差し出すせいか春海の存在がずっと近い。

 しかも


 ──これって相合い傘だよね


 自分の状況に胸がどきどきと音を立てる。


 昔から誰かと並んで歩くことが苦手だった。同性でも異性でも変に関係を勘ぐられるかもしれない、周りが自分を不審な目で見ているのではないかと密かに怯えてしまうから。



「どうしたの?」


 足を止めた歩を春海が不思議そうな顔で見ている。


 自分が気にしすぎているだけで、春海にとっては単に日焼けを心配しての行動なのかもしれない。



 それでも


 好きな人の隣を歩ける。

 好きな人が隣で笑ってくれる。


 付き合ってから知る幸福の度合いが大きすぎてささやかな不安を振り払うと、春海好きな人日傘好意に手を伸ばした。


「いえ、折角だから私が持ちましょうか?」

「そう?

 それじゃお願いしようかな」


 ぱっと笑顔になった春海から日傘を受け取ると、半歩だけ春海に近づいた。


「ふふ」

「ん?」

「何でもありません。

 ちゃんと陰になってます?」


 ともすれば触れ合いそうな距離に満足すると、緩む顔を隠しながらさりげなく春海の方へと傘を傾けた。




 ◇



 秋島神社は海に突き出たような岩山上にある神社で周りを囲む海も透明度が高い。その為参拝客以外にも海水浴を楽しむ人も多く、神社特有の厳かな雰囲気はあるものの親しみ易さも感じさせる。


 砂浜をざくざくと歩きながら神社の鳥居をくぐると、見えてきたのは島の天辺を目指すように上へと伸びる石造りの階段。地形を利用して作ったらしい階段は手すりこそあるものの、不揃いな段差のあちこちに岩苔が貼りついていて、参拝客は皆滑らないよう慎重に登っていく。


「そういえば、この神社の御利益って何かしらね」


 参拝を済ませ、鳥居の前まで戻ってきたタイミングでふと思いついたように春海がスマホに手を伸ばした。


「え、神社って全部同じじゃないんですか?」

「あたしもそんなに詳しく無いんだけど、奉る神様によって色々御利益は違うみたいよ」

「へぇ」

「っ」

「どうしました?」


「これ」と差し出された文字を辿る。


「学問の神様ですか……」


 自分に一番縁遠い神様に困惑していると、隣の春海が我慢できなかったようにけらけらと笑いだした。


「あたし、ぜーんぜん関係ない願い事しちゃったわ」

「えっ、それは……」


 熱心に手を合わせていた春海を思い出して掛ける言葉を探していると、笑みを残した春海と目が合う。


「きっと自分で何とかしないさいって事よね」

「どんなお願い事だったんですか?」


 何気なく訊ねた歩に一瞬開きかけた口が閉じる。


「……内緒」


 真っ直ぐ見つめてくる春海がやけに眩しく見えた。言葉とは裏腹にまるで訊ねることを期待しているかのような表情にもう一歩踏み込むべきか悩む。



「行こう、歩」

「あ、はい」


 訊ねるタイミングを逸したまま、結局その話題は終わってしまった。

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