第182話 「好き」と「好き」 (13)

『秋島港』という標識を幾つも過ぎた頃、見えてきた光景に目を奪われる。


「春海さん!」

「ん、見えた?」

「あのフェリーに乗るんですよね?」 

「そう」

「フェリーってこんな感じだったかなぁ」


 日頃目にすることの無い海と巨大なフェリーターミナルに自然と先程までの憂いは遠のいていく。子供のように目を輝かせる歩を春海が可笑しそうに見つめながら、フェリー乗り場へと車を乗り入れていった。



「うわぁ」

「お盆だものね。さすがに多いか」


 ある程度は混雑しているだろうと思っていたものの、予想以上の混雑ぶりに驚く歩に対し春海は当然の光景として眺めている。



「こんにちは」

「こんにちは、どれくらい待ちます?」

「この次の便なんで四十分後ですね。

 乗りますか?」

「はい」

「じゃあこちらへ」


 誘導員の指示で車を順番待ちの最後尾に着けた後、停めた車の中でぐるりと肩を回した春海の様子に運転を任せたままだったことを思い出した。


「この次の運転代わりましょうか?」

「大丈夫。

 歩がナビしてくれた方が迷わないもの」


「フェリー乗ったら車から降りるでしょう?」と春海のさりげない気遣いに感謝しながらも、笑顔で頷いた。




『夏らしいことがしたい』


 歩の言葉に「じゃあ海とかどう?」と春海が提案した今回の旅行は海岸沿いの観光スポットを幾つか巡る予定だ。水着でビーチとまではいかないものの、夏の日差しに映える青い海を眺めるだけでも浮き足立ってくる心に現金な自分を思いながら外の光景を見つめていた。



『本日は秋島フェリーに御乗船頂き、誠にありがとうございます。このフェリーは秋島港より──』



 出発のブザーが鳴り、船内アナウンスが流れ始める。甲板の展望台から遠ざかっていく岸壁を眺めていると、不意に首元に冷たい感触が当たった。


「歩」

「あ! ありがとうございます。

 客室に戻ります?」

「別に良いわよ。

 ここも風があって涼しいし」


 普段は交通手段の一部として県民が利用する秋島フェリーもこの時期は観光地へと向かう観光客らしき姿が目立つ。手すりに背中を預けた春海が時折風に巻き上がる髪を押さえつつ、甲板のあちらこちらで写真を撮っている観光客に視線を向けた。


「歩はこのフェリーに乗ったことがあるのよね?」

「はい。

 子どもの頃何度か乗ってたはずなんですけど、乗り物酔いが酷くていつも眠ってたんです。だから、全然記憶が無くて」

「そっか。

 運転中辛かったらちゃんと言うのよ」

「大丈夫ですよ。

 自分で運転するようになったら酔わなくなりましたから」


 その言葉に何か思いついたかのよう春海が隣の歩を頭からつま先まで眺める。


「ふーん……ねぇ、子供の頃の歩ってどんな感じだったのかしらね」

「別に普通でしたよ」

「普通じゃ分からないわよ。

 そうだ、今度光ちゃんに聞いてみようかなぁ」

「なっ!? 駄目ですからね!

 は、春海さんこそどんな感じだったんですか?

 可愛かったんでしょう」

「ん~、あたしも普通だわ」

「もう! それって適当に返事してますよね?」

「あはは、バレた?」


 からかい顔の春海につい笑いが零れ、ふたりの時間はゆっくりと過ぎていった。

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