第177話 「好き」と「好き」 (8)
『明日三人でご飯食べに行きませんか?』
そうメッセージが送られてきたのは金曜日の夜のこと。妹が遊びに来ているため明日はきっと会えないだろうと思っていた矢先の誘いに『光が会いたがっているんです』と続いた言葉を見て苦笑する。光が初対面に近い自分に会いたがる理由など一つしか考えられない。歩との関係を話すのは別に構わないが、あのテンションに付き合うのはこちらとしても心構えが必要だ。
クローゼットの服を幾つか思い浮かべながらカップの中身を飲み干すと、代わりにスマホを持って立ち上がる。
『ごめんなさい。
本当は私が会いたいからです』
片手で支えていたスマホに表示されたメッセージに指が止まる。先日のしょげた顔が浮かんで吹き出しそうになり、思わず咳払いで濁した。
「……仕方ないわね」
謝罪の言葉なんて必要ないし、最初から断るつもりも無かった。それでも、普段から滅多に頼み事すらしない歩からの誘いに自然と声は弾んでいた。
◇
「こんばんは!」
折角だからと乗り合わせを提案して歩のアパートに迎えに行くと、既に駐車場で待っていた光が笑顔で手を振る。
「こんばんは。
お腹空かせてきた?」
「もちろん! もう倒れそうなくらい!」
「お肉♪ お肉♪」と上機嫌で返事をする光の隣で「車まで出してもらってすいません」と歩が頭を下げる。
「気にしないで。
鉄板焼きする約束、伸び伸びだったじゃない」
「そうでしたね」
春海の言葉に歩がふわりと笑う。
──あれ?
「春海さん?」
「ううん、何でもない。
行こっか」
とりとめのない会話に一瞬跳ねた鼓動を不思議に思いながらも歩と光を車に招いた。
「わーい!
お肉久しぶりー!」
テーブル席に着いた途端、光が早速タブレットのメニューを開いた。光のリクエストで選んだ店はタブレットで注文すると店員が席まで運んでくれるシステムらしい。春海のイメージする賑やかな食べ放題のお店とは違い、落ち着いた内装と個室のように仕切られたテーブル席はゆっくりと食事を楽しめる雰囲気となっている。
「へぇ、こうやって注文するんだ」
隣に座った歩が興味深げにタブレットをのぞき込んだ。てっきり光の隣に座ると思っていた歩が自分の隣に並んだ時には意外に思ったものの、光も気にかける様子は無い。
「あゆちゃんはここ来たことない?」
「うん、初めて来た。
春海さんはあります?」
「あたしも無いなぁ」
「じゃあアタシが経験者ですね」
早速「これが美味しかった」と勧めてくる光の説明を聞きながら一通り注文を済ませると、運ばれてきた飲み物で乾杯する。
「二人ともソフトドリンクで良かったの?」
運転手の自分に気を使ってないかと訊ねると、くるりと同じ表情が向けられる。
「私は全然構いません。
帰りは運転代わりますから、春海さんこそ遠慮しないで下さい」
「そーそー、アタシも飲めないんで、気にしないで下さい」
「どうぞどうぞ」と勧めてくる仕草があまりにもそっくりで、笑ってそう伝えると不思議そうな顔をされた。
◇
「ちょっと、いくら何でもやり過ぎよ!」
向かい側から自分の小皿へ焼けた肉を次々と差し出してくるトングの持ち主に悲鳴を上げると「そんなことないですって」と返される。
「だって、網の上に置いておくと焦げちゃうんだもん」
「一度に全部焼くからでしょう。
あーもう、まだこんなにあるのに……今焼いてるお肉どうするのよ」
「もちろん食べるに決まってますよ」
「折角なので、アタシがやります!」と自信満々にトングを持った光に焼くのを任せてみたものの、豪快かつ大胆なその焼き方の結果として現在春海の小皿には山のように肉が盛られている。
「ほらほらハルミさんもたくさん食べて下さい」
「光ちゃんとあたしの食欲を同じにしないで」
恋人の妹という存在であるにもかかわらず、あまり緊張を感じなかったのはきっと光の性格によるものだろう。
最初のうちこそ、いつ自分たちのことを話題に出すのかと当たり障りのない会話を続けていたものの、純粋に食事を楽しむ姿と機転の利く受け答えに次第と会話は弾むようになり、気がつけば軽口を交わしあう程になっている。歩と過ごす時間も楽しいが、こうして気楽に言葉を投げ合うのも久しぶりで光への認識を改めて変える。
「えー、たくさん食べるって言ったから焼いたのに。
あゆちゃんはもう少し食べ……ないか」
早々と戦線を離脱した歩が両手を交差させて拒否する。
「歩、大丈夫?」
「はい……」
普段から少食の歩に光のペースは無理があったらしい。頷いたものの、やや青ざめた表情がこれ以上目の前で焼かれる肉を見たくないとばかりに泳いでいる。
「こっちの方が広いし、あたしと席代わる?
少し休んだら?」
「ありがとうございます……」
窓際から席を譲って光の前に移動するといつの間にか網の上にあった肉がすべて消えており、もぐもぐと口を動かしている光にぎょっとする。
「あゆちゃん、ちゃんと食べるペース考えなきゃ駄目だよ」
「光に言われたくない」
「ほんとよね」
「うわ、酷っ!」
あえて歩に同意をすると、光が笑いながら肩を竦める。その後「ハルミさん、次何食べます?」と差し出されたタブレットに絶句したのは言うまでもない。
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