第178話 「好き」と「好き」 (9)

 食休みも兼ねてコーヒーを傾けていると光が何かに気づいたように下を向く。「可愛い色ですね」と言われてテーブルから見た先にはサンダルから見える淡いホワイトピンクのつま先があった。


「それ、自分で塗ってるんですか?」

「塗ってるって言いたいけど、あたし不器用だからシール貼ってるの」

「シールかぁ、それなら簡単そう。

 アタシもやってみようかなぁ」

「ええ、お勧めするわ」


 光に見えるようにちょいちょいとつま先を上げ下げしながら好みの色の話しつつ身体を起こすと、光がにんまりと笑う。


「さすがにこっちはしないんですね」

「……まあね」


 短く切り揃えられた指先に光が言わんとすることを察して一瞬返事に詰まったものの、素直に頷いた。歩が席を外したタイミングを狙っての質問だったのだろう、軽い口調と笑顔は変わらないものの、先程までとは明らかに違った笑みにそれでも微笑んで返す。


「ハルミさんがそっち側とは限らないでしょう?

 まあ、あゆちゃん見てるとそういう感じじゃ無さそうですけど」

「これはあたしの決意表明みたいなものだから。どちらでも良いように心構えだけはしてるつもり」


 ある程度の事情を知っているかのような光の言葉に苦笑いを浮かべながらも打ち明けると、光が目を丸くした。


「へぇ、何だか意外。

 あゆちゃんの一方的な片思いかと思ってました」

「まさか。

 付き合ってるんだもの、そんな訳無いじゃない」


 端的になったものの、春海の言葉は理解したようで、光が眉を上げて軽く口笛を吹く。




『春海さん、どうしてネイルやめたんですか?』



 ふと、しばらく前に步から不思議そうに訊ねられたことを思い出した。光程の察しの良さを歩に求めようとは思わないが、あれ程純粋な子も珍しくて、思い出し笑いをかみ殺していると光が怪訝な顔で見ている。


 光になら構わないだろうと歩との会話を話すと、案の定「マジかぁ」と呻りながら頭を抱えた。


「……ちなみにハルミさんはその時どう答えたんですか?」

「さすがに本当の理由は言えないもの。適当に誤魔化したわよ」

「ですよねぇ……

 アタシが言うのもなんですけど、色々スイマセン」

「あはは、気にしないで。

 あたしも心の準備が必要だから」


 ぺこりと頭を下げる光の方が歩よりも姉らしく見えてまた笑う。


「あの、一つ聞いても良いですか?」

「何?」

「どうして姉と付き合ったんですか?」


「気を悪くしたらすいません」と続けたものの、質問を撤回するつもりはないらしく答えを待つように見つめている。その真っ直ぐな視線を避けるように手元のカップをしばらく眺めてから口を開いた。



「歩だったから、かなぁ」

「あゆちゃんだから?」

「そう。

 あたし婚約までした人がいてさ、恋愛なんて二度としないって思ってたんだけど、歩には幸せになって欲しかったの。それなのに『隣にいるだけで幸せだ』って言われて、それが納得出来なくて」

「……そうなんですね」


 知っているかもしれないと軽い口調で話したものの、どうやら初耳だったらしく神妙な表情を浮かべる光に気にするなというよう笑いながら続ける。


「いつの間にか歩の気持ちに絆されたのかもしれないし、最初はそれでも良いって思ってた。でも……」


 ふと目の端に歩が戻ってくるのが見えた。それなりに離れた距離なのに目が合ったらしく、ぱっと破顔する姿につい笑みが零れる。


「今言えるのはここまでかしらね」

「うええっ! 今から肝心なところだったのに!?」

「歩に話してないのに光ちゃんに先に言う訳にはいかないでしょう」


 ようやく自分の気持ちと向き合う事を決めただけに、誰よりもまず歩に聞いて欲しくて「続きは今度ね」と続けると、光が目を丸くする。


「え、次も期待して良いんですか?」

「勿論よ」


 スマホも鳴らなければ友人の話さえ出たこともない、歩には常に孤独がまとわりついている。光はそんな歩を支えてくれる貴重な存在だからこそ、これから先も良い関係でいたい。


 そんな気持ちを察したのか「楽しみにしてますね」とどこか清々しい表情で光が笑った。





「おかえり」

「ただいまです」


 珍しく慌てた様子で席を外した歩を軽い調子で迎えると、表情が直ぐ笑顔へと戻る。それでも、どこか強ばった雰囲気の残る歩に何かあったのかと訊ねる前に、光が人差し指を上げて左右に動かした。


「あゆちゃん、駄目じゃん」

「え、何?」  


 残念な子を見るようそれだけ告げた光の一言を歩が不安げに聞き返す。


「ハルミさんにネイルの話したんでしょう。

 もっと気を使わなきゃ」

「あ……、うん」


 反射的に頷いたものの、その表情は不思議そうなままで、光と二人顔を見合わせて苦笑する。


「春海さん?」

「ごめん。

 そのうち話すから」

「ハルミさん、そこは分かってもらわないと」


 春海の言葉に光が笑い出し、更に戸惑う歩を安心させるよう微笑んだ。

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