第174話 「好き」と「好き」 (5)
ご無沙汰してます。
お待たせしてすみません。
5話程更新出来そうです。
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寺田文豪堂のずっしりと重いドアを開けて外に出ると、途端に凄まじい熱気が襲いかかってくる。時刻は午後五時を過ぎたというのに薄手のブラウスを刺す西日に辟易しながら駐車場へと急いだ。
『西瓜を貰ったんで食べませんか?』
昼に送られてきた丸い西瓜の写真とメッセージに嬉々と返したのは平日の夜に堂々と歩に会いに行ける理由が出来たからに過ぎない。門限や制約があるわけでもないのに会うことに躊躇いがあるのは、互いの間にいまだ『遠慮』という壁があるからだろう。
それでも
──歩はあたしをちゃんと好きでいてくれる
たったそれだけの事実で驚くほど心は安定を取り戻した。歩は当たり前のような態度で話していたが、大人になればなるほど好意を素直に伝えることがどれだけ難しいことか分かっている。だからこそ、すんなり告げてくれた歩の言葉が嬉しくて仕方なかった。
『……好きです。大好き』
ついでにキスの後の台詞を思い出して口元を緩める。恋愛では素直になれない自分とは対照的にどこまでもひたむきで、真っ直ぐで、それでいて相手を思いやれるその姿は時々眩しくさえ映る。
──ほんと敵わないなぁ
もう何度思い出したか分からない言葉に嬉しさがじわりと込み上げる。
その一方で、いまだに自分からは伝えられていないたった二文字の言葉を重く感じていた。
◇
駐車場の隅に停めてある原付の隣に横付けすると、向かい合う車から下りてくる長身の女性とはちあわせた。
「こんばんは」
滅多に見かけない住人だろうかと珍しく思って挨拶をすると、明るい声が返ってくる。丈の短いTシャツにジーンズと明るい髪色から察するに学生だろうか。
──歩と同じくらい……いや、もう少し下かな?
声のトーンと立ち姿に年齢を探りながら女性の後を追うように二人分の靴音が重なる階段を上っていく。一番手前のドアを素通りした姿に歩のお隣さんだったかと緩めた足取りは女性が歩の部屋のドアを叩いたことで思わず止まった。
「はーい!
え……光!?」
「やっほー、あゆちゃん」
「ちょっと! 突然どうしたの?」
「えへへ、遊びに来ちゃった」
開けっ放しのドアの前のやり取りを呆気に取られて眺めていると、気配に気づいたのか困惑顔の歩と視線がぶつかる。
「あ、春海さん!」
「!」
「えっと、こんばんは。
歩、出直してくるわね?」
「「待って下さい!」」
会話から察するに歩の知り合いらしいと踵を返そうとした途端、綺麗に重なった二人の声に引き留められた。
「あゆちゃんのお知り合いでしたか。
アタシのことは全っ然気にしないで良いですから、ささ中へどうぞ」
「は、はあ」
にこにこと笑みを浮かべながらも、逃がさないとばかりに迫る女性に勧められドアへと近づく。出迎えていた歩に視線で問うと、苦笑いしつつも女性の行動を謝るように手を合わせていて選択の余地はないらしい。
「それじゃ……お邪魔します」
「はい、どうぞどうぞ。
ねぇ、あゆちゃん。靴ってどこに置けば良いの?」
「あぁ、ちょっと待って。
私の靴を片付けるから」
「つーか、玄関狭くない?」
「そうかな?」
「そうだよ」
物理的にも挟まれるように交わす会話に若干の好奇心と居心地の悪さを覚えながら、大人しく靴を脱いで部屋へと上がった。
「へぇ、そんな繋がりがあったんですか」
光がにこにこしながら相づちを打つ。どうやら同じ姉妹でも随分と性格は違うらしい。歩がキッチンに立つ間に自己紹介と矢継ぎ早の質問を受け、付き合っている事以外大概を話してしまった。
「姉から名前は聞いていたので、是非会いたいと思ってたんですよ。
こんなに早く会えるなんてラッキーでした!」
両手を合わせてきらきらと目を輝かせる光にどんなリアクションを取れば良いか分からず曖昧に笑いつつも、十代特有の明るいテンションについていくことが出来ない自分につい年齢を感じてしまう。
「光はどうして来たの?」
そんな春海の代わりに麦茶を二人の前に差し出しながら歩が話題を変えてくる。
「アタシ? 父さんから車借りてきたの。
ここってバス停からも駅からも遠いんだもん」
「交通手段じゃなくて理由を聞いてるの」
「夏休みで暇だから」
「暇って……」
単純明解な理由に思わず肩を落とした歩が「せめて先に連絡くらいしてよ」とぼやく。
「だってさぁ、折角免許取ったんだもん。
ドライブとかしたくなるじゃん」
「ドライブするなら他にも色々行く場所はあるでしょう」
「皆まだ車校が終わってないんだって。
一人じゃつまんない。んであゆちゃん家に行こうかなーって思いついたの」
「それなら花ちゃんに顔を見せに行くとかあるでしょう」
「えぇー、無理。花江叔母さんって何かとうるさいんだもん。
ちゃんとご飯食べてるのーとか、一人暮らしだからって羽目を外し過ぎないようにーとか、そーゆーのは母さんだけで十分だっつーの」
「光を心配してくれてるんだよ」
「あの人、あゆちゃんには甘いんだって」
軽く頬を膨らませた光が苛立ちを飲み込むように麦茶を手に取る。そんな妹の態度を困ったように見ていた歩がふとこちらを向いた。
「春海さん?」
「あ、いや、随分と仲が良いんだなと思って……」
光の『叔母さん』呼びに密かにダメージを受けていた事を隠して、何でもないように笑う。年齢からいえば花江の方が断然近い自分も一回り以上離れた光から見れば『オバサン』なのだろう。斜め前に座る歩も二十才を過ぎたばかりでその落ち着いた雰囲気に普段は年齢差を意識しないものの、それでも九才という数字は大きい。
「げ、母さんだ」
明るい音楽が流れだし、顔をしかめた光が手元のスマホを持って立ち上がる。
「何?
……そうだよ。ちゃんと使っていいって聞いたもん」
耳にスマホをあてながらキッチンへと移動した光の後ろ姿をぼんやりと見送っていると、軽く袖を引かれる。
「ん?」
「折角来てもらったのにすいません」
「全然構わないわよ。
歩って妹さんがいたのね」
「はい。
ずっと離れていたんですけど、最近話すようになって」
「そうなんだ。
あ、ところで」
「だからぁ、クルマ借りるねって言ったじゃん! ……んー、明後日くらい? 気が向いたら。……え、泊まる。あゆちゃんは良いよって言ってる」
「え?」
聞くつもりがなくても聞こえてくる会話に思わず歩が声を上げた。どうやら光はこのまま泊まるつもりらしく振り回されっぱなしの歩が驚く顔に我慢出来ずについ笑いがこぼれた。
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