第156話 再会(3)
食事を進めながら、ぽつりぽつりとお互いの近況を訊ね合う。ただ、三年という時間は確かな隔たりを作っていて、二人の間で交わされるのは当たり障りのない質問ばかりだった。
「じゃあ、今日はバイトの帰りだったの?」
春海の言葉に歩が動かしていた箸を止めて頷く。
歩は現在高之山市の市街地に住んでいて、普段は市街地にある農園で働き土日にはこの近くのスーパーでバイトをしているらしい。
「何も掛け持ちしなくても良いんじゃない?
休みがないのは大変でしょう」
土日は半日ずつのシフトとはいえオーバーワーク気味の生活を聞いた春海が思わず眉を寄せる。そもそも接客業に従事していた歩に力仕事は似合わない。
「そうなんですけどね。
農園の仕事だけじゃやっていけなくて」
「転職とか考えないの?」
「うーん、
したいのはやまやまなんですけど……」
さして望んでないかの様に歩が言葉を途切れさせた。
「私、高校中退だし、何か資格を持ってる訳じゃないから仕事が中々見つからないんですよ。やりたい事でもあれば良いんですけど、それも無くて」
「!」
その言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃が襲った。仕事に就く上で真っ先に確認されるのは学歴。大半の人たちが持っている『高卒』という肩書きすら持たない歩がこの都市部で仕事を見つけるのは大変だったに違いない。あっけらかんと事情を打ち明けた態度が余計にその事実を突きつけているようで、自分の浅はかさを呪う。
「ごめん、歩。
あたし、凄く失礼な事言った」
「いえ、気にしないで下さい。
最初の頃は本当に仕事が見つからなくて落ち込んだりもしましたけど、今はようやく一人で生活できてますから。それに、出荷出来ない野菜とか貰えてそれなりに良い事もあるんですよ」
笑顔で話す表情の裏にはきっと多くの苦労があったのだろう。一人の人間として生きているその姿を眩しく思う一方で、自分のこの三年間について訊ねられることを覚悟しつつ、どう答えるべきか思案する。どこか落ち着かない態度の春海に比べ、先に自分の皿の料理を片付け終えた歩が「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「そういえば」
「……何?」
「今日久しぶりにやぐらを見ました。
あんなに高かったんですね。初めて作った頃を思い出して凄く懐かしかったです」
「……」
てっきり自分の事を聞かれると思っていただけに肩透かしを食らったように、返事に詰まる。
「春海さん?」
「あ……ええ。
あれは後輩のアイディアなの」
「もしかして、昼間春海さんと話していた人ですか?」
自分の近況に触れてこなかった歩に安堵と戸惑いを隠しながら、つらつらと山内の事を歩に語って聞かせた。
◇
先導する原付のテールライトを目印に見知らぬ道を慎重に車を走らせる。少し先の信号が黄色に変わるのと同時に原付のブレーキランプが点り、春海もまたスピードを減速させる。
助手席でカタン、とビニール袋の中の缶がぶつかり合う音に身体が軽く跳ね、思った以上に緊張している自分に気がついた。車の通りは殆どないのに赤信号はまだ変わりそうになく、自分を落ち着かせるようにナビの目的地を確認してから信号待ちをするその背中を眺める。
『歩の部屋が見たい』
食事を終えた後告げた言葉に驚きつつもすんなり頷いた歩を思い出す。突然の来訪に焦る様子が無かったのは自分に見られて困る事が無いということ。
質問すればきっと答えてくれたはずの事実を遠回しに確認してしまう、そんな自分に堪らなく嫌悪感を抱くものの、あれこれと理由を付けて引き留めなければあのまますんなりと別れてしまいそうな雰囲気が今の歩には感じられた。
県庁所在地とはいっても一歩郊外に踏み出せば、ぐっと人家が減り、田畑の割合が目立つ。高之山市に住んで一年になるがこんな郊外まで来たことは無く、何もかもが目新しい。真っ暗な景色の中でもこの地域の雰囲気がどことなくおおかみ町と重なって見えて、思わず瞬きを繰り返した。
ナビの音声と共に原付が一つの建物を目指していく。ぽつぽつと人家が並ぶその一角にある二階建てのドアが三つ並んだ、どこにでもありそうな外観のアパートが歩の自宅らしい。何台か車が停まっているアパートの前の更地が駐車場らしく、合図をして駐車場の入り口で止まった歩の横に並ぶと窓を開ける。
「あの左側ならどこに停めても大丈夫です」
「分かった」
冷たい空気が窓から入り、身体が一気に冷えた。原付に乗っていた歩はさぞかし寒かっただろうと一緒に乗せなかった事を後悔するも、移動手段がなければ仕事に行けないと言われてしまえば仕方ない。
更地の左側の隅に車を停めると、隣に倣うように歩が原付を並べる。フルフェイスのヘルメットを外すその仕草を目で追いつつ、助手席からビニール袋とコートを掴むと外に出た。
「荷物持ちましょうか?」
「あたしが無理矢理押し掛けたんだから、気にしないで」
「歩だって大荷物じゃない」と脇に抱えるヘルメットを指して気遣いを断ると、歩が苦笑いしながら先導する。外灯代わりの蛍光灯に辛うじて照らされている外階段をカツカツと鳴らし、行き着いたのは一番奥のドア。
「何もないですけど……どうぞ」
「ん。
お邪魔します」
開いたドアの壁を手探りで触っていた歩が電気を点けて春海を招く。
眩しさに目を細めながらも、意を決して一歩足を踏み入れた。
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