第155話 再会(2)
撤収作業後の打ち上げの誘いを断り、足早に待ち合わせの場所に向かう。ビルの隙間から見える空は真っ黒で月も見えないが、周りの外灯から降り注ぐ光のお陰で歩道は歩きやすい。
寒々とした夕暮れにも関わらず目的の広場にはそれなりに人がおり、その姿を遠目から一人一人確認していく。
ジョギングをする老人、寄り添うように座る若い男女、時間を潰すかのように座っている人。
──いた
広場の入り口に近いベンチに座っている姿が目に入り、足が止まる。目の前の大通りを見渡すような位置を選んで腰を下ろしているものの、その視線は手元のスマホにしか向けられていない。
まるで自分が来ることを期待していない様な態度に小さな苛立ちを覚えつつ、静かに歩み寄る。
「歩」
近づいても気づく様子のない姿に何と声を掛けるべきか悩んだものの、結局名前を口にするとスマホから顔を上げた歩と目が合った。
「あ、ごめんなさい!
全然気づかなかったです」
「! いや、今、着いたばかりだから……」
春海に気づいた歩が慌てたように耳からイヤホンを外した。その謝罪をどこか歯切れ悪く受け止めつつ、手早くイヤホンを片付ける歩を見つめる。
「待ち合わせの時間、随分早かったですけど打ち上げとか無かったんですか?」
「え? あぁ、うん。
それは、大丈夫……」
「そうですか」
時間を確認した歩が立ち上がり、抱えていたショルダーバッグを持ち直した。
「春海さん、この後何か用事があります?」
「……特には」
春海の言葉に歩の表情がぱっと輝いた。
「それじゃ、ご飯行きませんか?」
◇
歩に連れて行かれたのは駅に隣接したビルにあるファミレス。店内はそこそこ混んでいたものの、二人掛けのテーブル席に向かい合って腰を下ろす。
「どうぞ」
「……ありがと」
お冷やのコップとメニューを手渡してきた歩にお礼を伝え、中を見る振りをして真向かいに座るその様子を観察する。
茶色に染めていた髪は黒色に戻っているものの、髪型も顔も以前の姿と何も変わらない。
──違う
少しだけ切れ長になった目、ほっそりとした頬の線、白々しかった肌の色は小麦色とまではいかないものの健康的な色に変わっていて、明らかな変化を感じる。それでも、あどけなさの残る記憶の中の歩と目の前の人物が上手く重ならず、違和感と戸惑いだけが積み重なっていく。
「春海さん、決まりました?」
メニューから顔を上げた歩に訊ねられ、慌てて頷くと「じゃあ、ボタン押しますね」と歩が呼び出しボタンを押した。程なくして来た店員に開いたままのメニューから適当に料理を頼んだ後、歩に一言断ってからスマホをマナーモードに切り替える。
まるで心の準備をする様な春海を黙って見ていた歩が口を開いた。
「久しぶりですね」
「……そうね。
歩は今22才だっけ?」
「はい。
春海さんは」
「言わなくて良いから」
歩の言葉をぴしゃりと遮ると、歩が苦笑した。不自然に途切れた会話を繋ぐべく、春海から話を振る。
「今日、どうして急にいなくなったの?」
──違う
訊ねたい事は山ほどあるはずなのに、これではまるで拗ねた子供の言い分だ。春海の質問が予想外だったのか、コップを持つ手を止めた歩が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ああ、さっきは黙っていなくなってごめんなさい。
あの場で声を掛けようか悩んだんですけど、仕事中だったし迷惑かなって」
「……そんな訳ないじゃない」
突然の再会の後、半ば上の空で終えた自分の仕事ぶりを振り返れば歩の判断は間違ってなかったのかもしれない。それでも、そんな心情を今の歩に見透かされたくなくて否定を口にする。
「それに、春海さんが会いたくないかもしれないって思ったんです。だから、メッセージも地図だけにしました」
「!」
自分の強がりをあっさり見透かす言葉に思わず息が止まりそうになる。素っ気ない態度に気づいているはずの歩が「春海さんが私のアドレス消してなくて良かったです」と何事もなかったかの様に笑った。
「……ねぇ。
あなた、本当に歩?」
会話の受け答えもどこか遠慮がちで、常に距離を感じていたあの頃の歩と目の前の人物が同じに見えず、つい口から出た疑問に瞬きを繰り返した歩が笑いだした。
「え?
私、そんなに変わってます?」
「いや、容姿じゃなくて……その、雰囲気とか、全然違うっていうか……」
気に障るかもしれない質問と気づいた春海があやふやに言葉を濁す。笑いを引っ込めた歩が嬉しそうに春海を見つめた。
「変わって見えたのなら良かったです。
私、少しは大人になれましたか?」
『春海さんみたいな大人になりたいんです』
あの時の歩の声が聞こえた気がした。
あれから三年。
ただ時を過ごしただけではなく、歩は文字通り変わろうとしていたらしい。
少なくとも自分との時間を無かったことにはしていない態度に気がついて、ようやく肩の力が抜ける。
「……そうね。
突然現れて、あたしを驚かそうって考える歩なんて三年前からは想像もしてなかったから」
「ふふ」
くすりと笑った歩に微笑むと、歩の表情がふっと和らぐ。その僅かな変化に、歩も内心緊張していたのかもしれないと思った。
「お待たせしましたー!
こちらオムライスセットです」
「あ、そちらへお願いします」
運ばれてきた料理が春海の前へ並べられ、歩が自分の料理を受けとる。
「春海さん、先に食べませんか?」
「ええ」
湯気と共に広がる匂いに今朝からろくに食事を摂っていなかったことを思い出すと、スプーンを手に取った。
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