第151話 嵐の襲来(6)
混乱した状況の中、混乱した頭で必死に考える。
──何を? どうすれば良い?
自分の表情さえもどうなっているのか分からない。ただ、一つだけ分かるのはこのままではいけないということ。
真っ白な頭のまま、立ちすくむ歩に向かって足を踏み出した。
「!」
その動きに気づいたように歩が一歩後ろに下がった。強ばった表情で浅い呼吸を繰り返し、身体が小刻みに震え出している。何か言おうと口を開くものの、声が出せていない。
『チ・ガ・ウ、チ・ガ・ウ』
首を横に振ろうとしながら必死で訴えるその表情が、あまりにも痛々しくて──
「歩!」
姪を心配する花江の声に一瞬意識が逸れた瞬間、弾かれたように歩がドアの外へ出るのが見えた。
「歩!!」
後を追って飛び出すも既にその姿は見えず、どちらの方向に向かったかさえ分からない。
「歩っ!!」
「待って、花江さん!」
「離して、春海!
歩が! 歩がっ!」
「あたしが探しに行くから!
花江さんはここに残って!」
「駄目よ!
あの子っ、何をするか分からないのよ!!」
「歩は必ず見つけてくる!
あたしが約束する!」
半狂乱のまま追いかけようとする花江を押し止めると、自分のスマホを掲げて花江に見せた。
「見つけたら必ず電話するから!
あたしを信じて!」
「こんな事になってごめんなさい」と謝ってから真っ暗な道路を走り出した。
「歩! 歩っ! 歩!」
幾度となく名前を呼びながら、辺りを見回す。何度目かの交差点に差し掛かったところで足がもつれ、そのまま座り込んだ。
「っ、はあっ……はぁっ……はっ……はっ……」
アルコールの回った身体がぐらりと傾きかけるのを両手で支えると、よろよろと立ち上がる。
「歩……」
むやみやたらに探しては駄目だ。
歩の行動を予測して一刻も早く見つけ出さないと。
──自分の知られたくない秘密を突然暴露されたのなら、どこへ行く?
歩の性格上、人通りの多い場所は避けるに違いない。
一番考えたくない結末が思い浮かび、それが現実にならない事を切に願って再び走り始めた。
どこまで来たのかも分からない。
気がつけば辺りは真っ暗で、ぽつぽつと明かりが見えるだけだ。
『彼女、レズだって』
──知られた
あの場にいた全ての人に
『彼女、レズだって』
──知られてしまった
一番知られたくなかった
春海と目が合ったあの瞬間、自分の中で何かが壊れるのを感じた。
どうして
どうして?
頭の中で何度も繰り返される先程の光景から逃げるように、ただ足を動かす。
息も絶え絶えにたどり着いた先に見えたのはどこか見覚えある橋。その向こう側には『おおかみ町運動公園入り口』と看板が立てられている。
ふと、ごうごうと水が流れる音が耳に入り、足が止まった。
──しのう
橋の上から流れる黒い水をぼんやりと眺めていると、不意にそんな考えが思い浮かんだ。
自分を心配しているであろう春海や花江の顔が一瞬過るものの、不思議と気にならない。ただ、ふわふわとした感覚に思考が包まれていて自分が自分ではないように思えた。
この黒い水の中に入れば、何もかも終わる。
──わたし、しぬんだ
自分が水に沈む姿を想像しても恐怖すら感じない。
このまま飛び降りようかと思ったものの、痛いのは嫌だし死ぬための高さが足りない。幸いにして橋から少し下流の離れた場所に水遊び用の川に下りるための階段が備えられている。
まるで何かに引き寄せられるように歩の足は階段へ向かっていった。
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