第149話 嵐の襲来(4)
「これで準備は終わったわね」
花江がほっと肩を撫で下ろした隣で、歩が取り皿をテーブルに並べる。最後の連絡会とあって、春海の好物を幾つもメニューに取り入れたのは花江と歩からの労いの意味を込めてのことだ。
「こんばんは~」
開始時間まで30分以上あるにも関わらず、早くも姿を見せた春海を花江と二人「いらっしゃいませ」と出迎える。
「ごめんね、早々と来ちゃった。
!? ちょっと花江さん!
私の好きな物ばかり並んでるんだけど!」
テーブルに並んだ料理を見た途端目を輝かせる春海に、花江と視線だけで笑いあう。
「たまたまじゃない?」
「そんな訳ないじゃない!
花江さーん、ありがとー!」
あくまでしらを切る花江の思惑に気づいたのか、抱きつかんばかりに喜ぶ春海の姿を微笑ましく見つめながら、随分と気持ちを持ち直した様子にほっとする。
「歩もね!」
「はい!?」
急に名前を呼ばれ反射的に返事をすると「本当にありがとう」と両腕を取られる。
「いえ! その、大丈夫ですから!」
慌てふためく歩の様子を見て、花江がくすくすと笑った。
◇
今日の連絡会は事実上打ち上げとしての開催となり、開始の挨拶を待つメンバーの手には既にビールの入ったコップが握られている。一番奥に座っていた春海が立ち上がると、一人一人と視線を合わせる様に見回した。
「まず、この企画が最後の最後で失敗してしまった事を謝らせて下さい。
皆さんの労力と時間を無駄にしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「姉ちゃん、それを言うたらわしにも責任がある。
頭を上げてくれぃ」
「いや、あれはどうしようもなかったですよ。
ニュースでもあちこちに被害が出てたって言ってましたから」
深々と頭を下げる春海にあちこちから声がかかる。ようやく頭を上げた春海が深呼吸を二、三度繰り返してから口を開く。
「こんな結果になりながらも、ありがたいことに地域の方からたくさんの励ましの言葉を頂きました。
だからこそ、私はこの企画を切っ掛けに繋がったご縁を少しでも広げていきたいと思っています。
責任者としてこんな責任の取り方しか出来ない未熟者ですが、精一杯頑張りますのでこれからもよろしくお願い致します!」
自然と起こる拍手に中々顔が上げれない春海を隣に座る勇三が小声で二、三言語りかけ、ようやく春海が顔を上げた。目元を隠すようにそれでも笑いながら、グラスを持ち「お疲れ様でした!」と乾杯の音頭をとる。
「「かんぱーい!!」」
一斉に上がった掛け声とグラスのぶつかる音が『HANA』に響いた。
初めは静かだった打ち上げも、アルコールが回ってくると次第に賑やかさをみせ始める。「他の人たちへ挨拶をしたいので」と上座からようやく抜け出すことに成功した春海を待っていたように勇太がさりげなく視線で合図した。
「勇太?」
勇太を追いつつ酔いざましの体で外に出ると、強い風が火照った身体に当たる。体温を一気に奪っていくようなその冷たさに、思わず腕で服を押さえた。
「佐伯さんが尋常じゃないペースで飲んでて、ちょっとヤバい雰囲気なんですよ」
「!
今日、里山くんは……いないんだったわね」
佐伯が荒れる事情は考えるまでもない、歩の事だろう。いつも佐伯が慕っている里山から今日は欠席の連絡を受けていた事を思いだし、思わず店内に目を向ける。
「佐伯さんなら今、席を外してます。
そういう訳で戻ってきたら、俺が適当に理由を作って連れて帰りますんで」
「……ごめん」
連絡会の場所として当たり前の様に利用していた『HANA』だが、本人からすれば失恋した相手が目の前にいるのだ。円満とは言い難い別れ方をした身としては堪ったものではないだろう。もう少し気を回すべきだったと悔やみながら勇太に謝る。
「いや、別に春海さんが悪い訳じゃないから」
「でも、現に勇太に迷惑かけてるじゃない」
「それを言うなら春海さんだって関係ないじゃん」
「そんなことないわよ」
知らなかったとはいえ、佐伯と歩が拗れた関係になってしまった責任の一端は自分にもあるのだ。言葉にしないものの、そんな春海の気持ちをくみ取ったらしい勇太が仕方ないというように肩を竦める。
「それじゃ、今回は貸し一つってことで。
今度春海さんの奢りで飲みに行きましょう」
「! うんうん!
約束ね」
笑顔で頷く春海に勇太が困ったように視線を向ける。
「あ、でも彼氏さんに悪いか」
「どうして?
別に友人と飲むくらい何も言わないわよ」
「いやいや、何も言わなくても男は気にするもんなんすよ」
「そんなものかしらね?
あたしは向こうが誰かと飲んでても、全然気にならないけど」
圭人から今まで『飲みに行くから』と連絡を受けた事があっても、相手を聞くことなく了承していた。だからこそ、同じことを自分がして目くじらを立てるとは思えない。そんな春海に勇太がやれやれといった顔を見せる。
「まあ、良いです。
どうせ最後には俺が面倒みる羽目になるんすけどね」
「はぁ? 何言ってんのよ。
あたし、そんなに酒癖悪くないわよ!
酔ってもちゃんと記憶あるからね」
「あ~、大丈夫。
俺、あんたとどうこうする気なんてまっったく無いから、春海さんは安心して飲んで下さいな」
「何よ、その全否定!
それはそれでムカつくんだけど!」
「はいはい。
ま、そういうことで」
どちらともなく笑ってから中に戻るべくドアを開ける。
「!?」
カウンターの奥、向かい合うようにして歩と佐伯が立っている事に気づき、思わず息をのんだ。
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