第148話 嵐の襲来(3)
「皆さん、本当にお疲れ様でした!」
昼過ぎまでかかってようやく終わらせた撤収作業は春海の挨拶で解散となった。皆一様に泥だらけのまま疲れた足取りで駐車場に戻っていく。その一人一人に頭を下げて見送った後、片付いた会場をぐるりと見回した。
丸太と竹が片隅に置かれているだけの何もない畑は寒々としており、やぐらが建っていた時よりも随分広く思える。何一つ無くなった畑を眺めていると受け入れ難かった現実が少しずつ実感となって心にのし掛かってくる。
そんな春海の頭にずっと浮かんでいたのは『責任』という二文字。
今回のイベントは過去最大規模の予算を組んでおり、これだけの損失を出せば来年度からのイベントに影響が出るのは避けられない。自分が頭を下げることで済むのならばいくらでも下げるが、責任者として何かしらの責任は問われるに違いない。
町民の中には地域起こしプロジェクトに好意的でない人たちがいることも知っているし、これが切っ掛けで勇太や他のメンバーの企画すら悪く言われてしまいかねない。
「……どうしよう」
──辞める?
『辞任』という単語が頭にちらつき、思わずその場に座り込む。一瞬「責任を取って」と辞表を出す自分の姿が脳裏に浮かんだ。辞めてしまえばこの重圧から解放されるし、今後役場や町民から何かと後ろ指を指される事もないだろう。
それに、休みを気にすることなくいつでも圭人の元へ行ける。
──だけど
勇太、桑畑、白井、佐伯、山下先生、おおかみ小学校の子供たち。
今辞めてしまえば自分と一緒に取り組んでくれた人たちからも逃げることになる。
──果たして自分はこの先、平気な顔をして過ごせるだろうか?
『春海さんみたいな大人になりたいんです』
病室で泣きながら訴えた歩の言葉が心に浮かぶ。
服も靴も汚れる事を厭わずに手伝い、ショックから苛立って当たり散らしてしまった自分にそれでも寄り添ってくれた歩。
ただ純粋に自分を想ってくれるその気持ちから逃げ出したくはないから。
──せめて、歩が好きでいてくれる自分でありたい
ゆっくり立ち上がった春海のポケットでスマホが音を鳴らす。画面には『勇三さん』と表示されており、そのタイミングの良さに思わず笑いながら通話をタップした。
「もしもし、鳥居です」
『おう、俺だ。
片付けは済んだか?』
「はい、さっき解散しました」
関係機関への連絡に回っていた勇三からも無事終了の報告を受け、ほっと胸を撫で下ろす。口を開こうとしたその時、勇三が「ところでな」と口調を変えた。
『今日の連絡会、二人追加出来るか?』
「追加ですか?
今から電話すればまだ間に合うと思いますが……誰が来るんですか?」
打ち上げというより慰労の意味が強くなった最後の連絡会に今更参加する人など思い付かず、首を傾ける。
『町長と教育長が参加するそうだ』
「はぁ!?
どうしてですか!?」
『町長は企画の段階から興味を持っていたらしくて、教育長は実家が農家で大根作りをしていたんだと。それで二人とも責任者に詳しく話を聞きたいそうだ』
「で、でも、今回失敗した訳ですし、話すことなんて何も!」
『お前なぁ』
思いがけない上役の参加に及び腰になる春海を呆れた様に勇三遮る。
『失敗したって、今回のはどうしようもない天災だろうが。
お前たちが休み返上で対策してた上で、それでも起こっちまったものは仕方ないだろう』
「でもっ!」
『春海、うちのモットーを言ってみろ』
「……何事にも挑戦、です」
『そうだ。
挑戦に失敗はつきものだ。ただ、失敗だからといって結果はゼロとは限らない。
分かるな?』
「……はい」
下らないと言わんばかりの勇三の態度に言葉を詰まらせる。そんな春海の心境を見透かすかのように電話越しの低い声が話を続けた。
『やけに失敗にこだわってるが、お前まさか責任取って辞めるとか言い出すつもりじゃないだろうな?』
「っ!
本当は、一瞬考えましたけど……」
『けど?』
「……失敗したからこそ、挽回するためにここで働かせて下さいって言うつもりでした」
『当たり前だ。
一度失敗したくらいで辞めさせるわけないだろう。
……あぁ、一つ言い忘れてたが、朝から事務所と役場に来年もやってほしいって電話が何件も掛かってきてるらしいぞ』
「えっ?」
『辞めるに辞めれんな』と笑って勇三があっさり電話を切った。
──無駄じゃ、なかった
安堵と思いがけない嬉しい知らせに緩みそうになる口元をぐっと結び、急いで『HANA』に電話を掛ける。
『はい、『HANA』です』
「歩?」
『っ、はい!』
一足早く「連絡会の支度があるから」と申し訳無さそうに帰った歩の声が耳に届くと、自然と笑みが浮かんだ。
「連絡会の人数なんだけど、二人追加出来る?」
『二人ですか、今聞いてみますね。
……はい、大丈夫です』
「急にごめんね」
『いえ、まだ時間に余裕がありますから。
それより、片付け終わりましたか?』
「さっき終わったの。
手伝いありがとうね」
『いいえ。
……あの、春海さん』
「何?」
『お疲れ様でした。
美味しい物、たくさん準備して待ってますね』
花江に聞かれまいとささやくような声が耳に届き、ぎゅっと締めつけられる胸に思わず手を当てる。
「…………楽しみにしてる」
やっとの思いでそれだけ返すと通話を終えた。
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