第133話 変化(22)

『実行委員会専用』と立て札のある臨時の駐車場に車を停めると、まずその人の多さに驚いた。参加者以外にも物珍しさから訪れた人もいるらしく、文字通りやぐらを囲むように人の輪が出来ている。


「鳥居さん!」


 受付のテントで一人応対していた佐伯が気づいたらしく、春海を呼ぶ。


「凄い人の数ね」

「そうなんですよ!

 見学の方にはやぐらへは近づかないようにしてもらってるんですけど、昼を過ぎた頃から段々増えてくる一方で」

「勇太は?」

「朝からやぐらに付きっきりなんです。

 自分も今アツシさんと交代したばかりで。誰か応援頼めませんか?」

「分かった。

 三人くらい向こうから回してもらうから」


 差し入れのお握りを佐伯に勧めながら、頭の中でスタッフの幾人かを思い浮かべて電話を掛け、指示を出す。


「15分くらいでこっちに来れるって。

 そういえば、勇三さんと会った? 新聞社の方が一緒だったはずだけど」

「はい。

 所長さんが案内して少し前に戻られましたよ」

「それなら大丈夫ね」

 

 責任者の春海が来たことで幾分の余裕を取り戻したのか、ほっとしたように佐伯がやぐらへと視線を向けた。


「何だか、圧巻ですね」

「本当ね……」


 竹で組み上げただけのやぐらにはその大部分に大根が横並びに掛けられ、巨大な階段状の建造物を作っている。遠目からでもそのインパクトは十分で、このやぐらの姿を目印に見学者が増えているらしい。


「まさかこんな大規模なイベントになるなんて思わなかったですね」

「ふふ、そうね」


 作り始めの頃を思い出しているに違いない佐伯の横顔から視線を前に移すと、いつしかここにはいない歩の姿を探す。


 ──もし、ここに歩がいたのなら


 もう何度となく繰り返した思考を振り払うかのようにぐっと唇を結んだ。


 ◇


「写真を撮ってくるから」とテントを抜け、カメラを片手に写真を撮りながらやぐらへと歩み寄る。遠巻きに眺める人混みの中からやぐらの入ると文字通り大根を山のように積んだ何台ものトラックが一列に並び、その周囲にはこれまた大勢の参加者の姿が見える。


 トラックの荷台に乗り、大根を一組ずつ棒で持ち上げて竹に吊るす作業はその重さ故決して楽な作業ではないのに、物珍しさからか次々と大根が上へ上へと上がっていく。洗浄したばかりとあって時折水滴が落ちてきたり、重くて持ち上がらなかったり、竹に吊るしたはずの大根が真上から落ちてきたりと普段なら顔をしかめる場面でも、皆その顔には笑みが浮かんでいる。


 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ──


 一瞬一瞬を切り取るように目の前の光景をただひたすら写真に収めながら、春海の頭の中には早くも来年に向けたビジョンが広がっていた。


 ◇


「皆さん、本日は本当にお疲れ様でした!

 年明けのイベントも宜しくお願いします!」


 傾いた太陽と共に一気に冷えだした空の下、春海の明るい声が響く。皆、疲労困憊ながらもテンションは高いらしく拍手と共にあちこちから「お疲れ様」の声が上がり、長い長い一日が終了した。


「勇太、お疲れ」

「疲れた……マジ疲れた……」


 結局一日中をやぐらの上で過ごした勇太の背中を労るつもりで軽く叩くと、それだけで身体がよろける。


「勇太!? 大丈夫?」

「腕上がんねーし、足はパンパンだし……もう一歩も動けん……」

「私が帰りは送っていくから。

 ちょっとここで待ってて、車持ってくる」


 駐車場へと向かう人混みを逆行するように車を勇太の元へと走らせると、ライトで照らされた勇太の隣に佐伯の姿が見えた。どうやら座り込んだ勇太を心配して付き添っていたらしい。


「鳥居さん。

 自分が荷物を積んだ公用車に乗っていきますんで、東堂さんはそっちに乗せて下さい」

「それは助かるけど、佐伯くんの車は?」

「アツシさんと一緒に来たんで大丈夫です」

「それじゃ、事務所までお願い」


 鍵を受け取った佐伯を見送ってから、助手席に勇太を乗せる。


「勇太、本当に大丈夫?」

「腹減って倒れそう……」


 呻きながら呟いた言葉に苦笑しつつ、ダッシュボードのレジ袋からゼリーを取り出して口に押し込む。


「……全然足りん」


 それでも少しだけ力の戻った声に安心すると、前を向いてエンジンを掛けた。


「後で何か買ってあげるから我慢して」

「子供ですか、俺は」

「そうそう。

 良い子ね、勇太ちゃん」

「あり得ねー」


 げらげらと笑いながらようやく勇太がずり落ちた身体をシートに戻し大きく首を回す。


「ああ、無事に終わりましたねー」

「本当。

 今日が一番の山場だったから、無事に終わって何よりだわ」

「全く、とんだクリスマスだ。

 俺、こんなに大変だったクリスマスは一生忘れないかも」

「あはは、私もそう思う」


 疲労感よりも充実感で満ちた恨み言に笑って返すと、勇太も笑顔になる。


「来年はスタッフ皆でサンタクロースの衣装でも着ますか?」

「え~、嫌よ!

 それってコスプレじゃない。勇太、思考が段々勇三さんに似てきてるわよ」

「うえっ、マジか!」

「まあ、サンタ帽子を揃えるくらいは有りじゃない? 一目でスタッフって分かるだろうし」

「帽子ねぇ……桑畑さんが被ってくれればの話っすけどね」

「ふふ」

「あ、そういえば、来年はやぐらの方へ人数を倍くらい増やして下さいよ」

「ええ、そのつもり。

 他に改善点とかある?」

「それなら……」


 冗談を交えた勇太とのやり取りはいつしか疲労感すらも心地よいスパイスとなっているようで、事務所に向かう道のりの会話は弾む。



 ──ここに残りたい


 そう強く思う一方で、いつかはこの町を出ていかなければならない事もまた事実で、心の片隅にある指輪の存在が刺のように引っ掛かる。


 今、正に人生の岐路に立っていることを実感しながら、アクセルを踏み続けた。

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