第134話 変化(23)
ぽつぽつと灯る民家の明かりを街頭代わりに進んでいくと、暗闇の中でも慣れ親しんだ光景が見えてくる。
「そういえば、花江さんに差し入れ貰ったんでしたね」
「……」
住居スペースさえ電気が点いていないことから、花江は病院に向かったのかもしれない。黙ったままハンドルを握りしめると、事務所に向かう道へと急ぐ。校門から中に入ると入り口の階段に車を寄せる形で止まっている公用車に気がつき、その直ぐ後ろに車をつけた。
「鍵は受け取ってくるから、勇太は車に乗ってて」
エンジンを掛けたままコートを羽織ってドアの外に出ると、春海を待っていたらしい佐伯が車から降りてきた。
「佐伯くん、荷物は明日片付けるから車はこのままで良いわ。今日は本当にありがとう」
「分かりました」
「ところで、少し良いかしら?」
春海の言葉に朝のやり取りを思い出したらしい佐伯がどこか身構えたような表情になる。
「歩から連絡来た?」
「!……いえ」
明らかにトーンの下がった声が佐伯の心情を表している様に思えるものの、今、ここで同情するわけにはいかない。
「じゃあ、伝えておくわね。
あの子……一昨日の夜、体調崩して入院したの」
「えっ!?」
暗闇でも分かる佐伯の狼狽えぶりを見つめながらその真意を探るように静かに言葉を続ける。
「命に関わる程じゃないらしいからそこは安心して。
ただ、その原因っていうのがおそらく強いストレスらしいの。
佐伯くん、心当たりある?」
「……」
俯いた佐伯に問い詰めたい気持ちを抑えて優しく声を掛ける。
「あのね、佐伯くんを批難してるんじゃなくて、私は事実が知りたいの。私も、結局歩の力になれなかったから」
「……」
ようやく顔を上げた佐伯を不意に明るい光が照らし、その眩しさに思わず光の射す方に目を向けると、一台の車が校門前で停車している。
「佐伯ー、 帰るぞ!」
「あ、アツシさん!
鳥居さん、すいません。迎えが来たので……」
「あ、ええ……」
最悪のタイミングで佐伯を迎えに来た里山を恨むものの、疲れている佐伯をこれ以上引き留める事も出来ず頷く。中途半端なやり取りのまま、足早に去っていった佐伯に小さくため息をつくと仕方なく車に戻った。
「お待たせ」
スマホを弄っていた勇太に詫びてから、シートベルトを引っ張り出す。動き出した車に合わせるよう、勇太のスマホが光を落とすのが分かった。
「どうして佐伯さんが歩の入院と関係してるんですか?」
「!?
聞いてたの?」
「聞こえたんですよ」
一瞬遅れて答えた勇太は外の景色を眺める姿勢から動こうとはしない。その表情を横目でしばらく見つめた後、前を向いたまま口を開いた。
「……あの二人、付き合ってたんだって。
だけど、最近うまくいってなかったみたいで、歩の入院も知らなかったの」
「あぁ、そういう訳か……」
どこか納得したような勇太の口振りに、春海が眉をひそめる。
「勇太、知ってたの?」
「初耳ですよ。
まあ、佐伯さんの事は薄々気づいてましたけど」
「そう……」
「仕方ないですよ。
世の中には、どうにもならない事の方がずっと多いですから」
ぽつりと聞こえた言葉はやけに実感が籠っているようで、春海は相槌すら返せなかった。
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