第118話 変化(7)

 ──歩に避けられてるかもしれない


 既読のつかないメッセージ画面の確認が何度目かになった頃、そんな考えが浮かんできた。

 送ったメッセージには毎回様々な理由の断りが返ってくるし、花江に頼んだ電話も一向に掛かってくる気配がない。いくら仕事やデートで忙しくてもここまで断られればさすがにそんな結論にたどり着く。


「何か気に障るような事したっけ……」


 最後に会ったときは笑顔で別れたし、それから大したやり取りもしていないはずなのに……と、どれだけ頭を捻っても心当たりはなく、原因が思いつかない。


 だから、避けられているだけであって、決して嫌われてはいないはずだ。多分。


 自分に黙って佐伯と付き合った事に罪悪感を感じているのだろうか?

 プロポーズの件でぎこちない自分たちに気を使っているのだろうか?



「……」


 どれをとってもしっくりこない理由にため息をついてスマホを閉じると、すでに電気を消していた室内は冷蔵庫の低いモーター音だけが聞こえてくる暗闇となる。



 何故?

 どうして?


 歩だって人の子だ。感情の起伏は有るだろうし、本人が会いたくないのなら放っておけば良いだけの話なのに、どうしてこれ程心をかき乱されなければならないのだろう。


 いつも幸せそうな笑顔を向けてくれることも、とことん自分に自信がないところも、泣き虫なくせに他人の痛みに誰よりも敏感なところも──ずっと一番近くで見つめてきた。大切な存在だと思っていた。


 だから、誰よりも理解していると思っていたのに。



「……はは」


 たどり着いた結論があまりにも単純過ぎて、掠れた笑い声が漏れる。


 ──あたし、歩に信頼されてないのが悔しいんだ


 自分を避けるほどの事情が何かは分からない。ただ、どんな些細な事でも打ち明けて欲しいと願った相手は決して自分のテリトリーには踏み込ませてくれない。


 歩との距離は最初会った頃から何も変わってなかった事に気づき、急に身体が重くなった気がした。



「……ばか」


 瞼に浮かぶ相手か、はたまた自分に向けた言葉か、真っ暗な部屋に響いた声は僅かに湿っていた。


 ◇


 目を覚ますと、普段と何も変わらない光景が広がっている。寝起きのぼんやりした頭でスマホを弄り、満足するまで寝転がってからようやく身体を起こす。

 カーテンを開けると清々しいほどの寒空が広がっていて、その晴れ晴れとした青色を眺めているだけで沈んでいた気分も上昇していくようだ。



 歩が信頼していないのなら、信頼してくれるまで何度でも向き合えば良いだけだ。


 今までの態度から歩に嫌われてはいないという確信がある。だからこそ、逃げてばかりの歩ときちんと話し合いたい。幸いにも、今日は代休で時間はあるし、『HANA』に出向いて今度こそ歩を捕まえてみせる。


「花江さんにも協力してもらおうかしら」


 慌てふためく歩の顔を思い浮かべればそれだけで笑みが浮かんできた。

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