第98話 おおかみ町大根やぐら(13)
腕ではなく身体全体を使うようにして竹を持ち上げると腕と肩を使って竹を支える。横目で隣を見ながら目の前に出来つつある竹のはしごに足を掛けた。
「「せぇーの」」
掛け声と共に一番重い方を勇太が請け負い、歩、桑畑、佐伯の順に横一列並びで竹を担ぎながらゆっくり一段ずつ登っていく。決して早すぎず遅すぎずお互いのペースを崩さないように確認しながら一番上まで辿り着くと膝を落として身体の重心を安定させる。足元の竹を土踏まずにしっかり当てると両手で竹を支えた。
「佐伯さーん、良いっすか?」
「ま、待ってくださいね!
はい! 大丈夫です」
「いくぞぉ!」
勇太の声に合わせて竹を動かすと、何も考えなくとも身体が勝手に動いてしまう。最初の頃よりずっと早く差し込めるようになった竹を支えながら、片手で腰に巻き付けた紐を取り出して端を掴み、ぐっと力を込めて下に引っ張る。交差した紐が緩まないよう最後に輪っかを作って結ぶと、竹が動かない事を確認して額に浮かぶ汗を拭った。
十段目、つまり一番上の竹を結び終えると目の前は青く高い空が広がっていた。たった六メートルの高さといえども見渡す限り地面が見えない光景は今まで体験したことのないもので、空の上に立っているような気分になる。
「おーい!」
呼び声に振り向くと畑の入り口からランドセルを背負った子供たちが両手を振っている。『関係者以外立ち入り禁止』の看板のぎりぎりまで近づいて呼んでくれる声に手を振って応えると、子供たちの両手が更に大きく揺れた。
「今日、下校早くないか?」
隣で竹を結び終えたらしい勇太が子供たちの声に反応する。
「教育相談? らしいです」
「何だそれ?」
「先生と保護者の面談があるらしくて、学校がいつもより一時間くらい早く終わるって言ってました」
「へぇ、そんなのあるんだ」
未だに手を振り続ける一人に勇太が大きく手を振り返すと「歩ちゃんに振ってるの!」と叫び声が返ってきて、二人で笑った。
「あれ、寛太くんだろ?」
「そうだと思います」
「あの子面白いよなぁ。歩、降りようぜ。
あれじゃあ手の振りすぎで見てるこっちが痛くなってくる」
するすると降りる勇太に続き、降りようと足を伸ばしたところで寛太たちの方へ向かう人影に気がついた。
「あ、春海さんが行ってくれてます」
「春海さんじゃ無理だろ。
知ってるか? あの人、実は子供が苦手なんだってよ」
「え、そうなんですか?」
「甥っ子に昔から散々振り回されてるって、以前愚痴ってた」
「ふーん、何だか意外です」
「その点、歩はモテモテだもんなぁ。
良かったじゃないか」
「……別にモテてませんけど」
「嘘つけ、大人気じゃないか」
「……」
小学校で一度やぐら作りを見学に来てからというもの、毎日のように寄り道に来るようになった小学生たちからそっと目をそらす。横目で軽く笑う勇太と共に、やぐらから降りてくる桑畑と佐伯を待った。
「やれやれ、すっかり先を越されたわぃ」
「桑畑さん、これで完成ですか?」
「ま、一応は、な。
後は支えを入れんと。大根の重みで倒れるといかんで」
おお、と感動したような声の佐伯につられるようにやぐらを見上げる。目の前には全部で十本の長い長い竹が横に掛かったやぐらが鎮座してあって、まるでずっと前からそこにあったような雰囲気を醸し出している。
「歩さん、お疲れ様でした」
「いえ。
佐伯さんもお疲れ様でした」
「いやいや、自分殆ど手伝えなかったんで。
毎日差し入れまでしてもらって、本当にお世話になりました」
自分の事のようにお礼を述べる佐伯に「好きでしているだけですから」と慌てるも、その表情は変わらない。
「歩ー! 佐伯さーん! お茶だよー!」
「! 佐伯さん、行きましょう」
春海の声に救われたように休憩スペースに向かうと、隣に佐伯が並んだ。
「今度『HANA』に行こうと思ってるんですけど、歩さんのお勧めってありますか?」
「えっと、ウチは日替わりなのでメニューが決まってなくて。あ、でも、来てくださるならサービスしますよ」
「本当ですか?
じゃあ絶対行きますから」
思った以上の喜びように少し驚きながらも笑顔で返す。
「あの」
「はい?」
休憩スペースまで十メートル程の距離で呼び掛けられた声に足を止めると、ポケットに片手を突っ込んだ佐伯がスマホを取り出した。
「その……もし良かったら、連絡先教えて貰えませんか?」
「えっ」
「来るときに連絡しておけば、ご迷惑にならないかなって思いまして」
思いがけない提案に戸惑うも、佐伯は役場の職員で春海や勇太からの信用も厚い。何度か一緒に作業をしてみて歩自身も佐伯が誠実な性格であることは知ったし、断る理由もないことから自分のスマホも取り出して画面を開く。
「じゃあ、メッセージアプリで良いですか?」
「はい」
お互いのIDを交換し合うと『佐伯拓也』の名前が画面に表示される。
「ありがとうございます!」
その笑顔がやけに眩しく思えたような気がした。
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