第97話 おおかみ町大根やぐら(12)

 軍手をはめた両手を竹の下に差し込むと、竹の先端に近いはずなのに太い竹の重さがずしりと腕にのし掛かった。


「いくぞっ!

 そぅれ!」


 一番太い根元部分を持った桑畑の掛け声に合わせて長い竹をぐっと持ち上げた。最初に結んだ竹の先端部分に根元部分を差し込んで二本の竹を一本に繋げていくのだが、とにかく重いの一言に尽きる。ぷるぷると震えそうになる腕で支えると、次は竹を奥深くまで差し込むため、持っている竹を何度も横にスライドさせる。


 がしゃん、がしゃん、がしゃん──


 竹の節が中で砕けながら突き進む音を耳に入れつつ、ひたすら腕を動かす。桑畑と歩の間で竹を支えている勇太が悲鳴に近い声を上げた。


「桑畑さんっ! ま、まだっすか!?」

「もうちょいじゃ!」


 竹を動かす重さで自分の身体がふらつきそうになるのを必死に踏ん張っていると、ようやく差し込めたらしく動きが止まる。そのまま柱に結んであった紐を手に取ると教えられた通りに括っていった。


「歩、結べたか?」

「はい」


 先に結び終えた勇太にチェックしてもらい、合格を貰うと額に流れる汗を腕で拭った。


「どんな風じゃ」

「バッチリすよ」


 休憩がてらチェックに来た桑畑が竹の結び目を見て満足そうに頷く。


「しっかり結べとる。

 これなら大丈夫じゃろ」

「だってよ、歩」

「良かったです。

 これをずっと続けていくんですよね?」

「はぁー、オレ多分二、三回くらいは倒れるかも……」

「なあに、終わる頃には慣れるやろで」

「それ、全然嬉しくないっす……」

「ふふふ」


 無事にお墨付きを貰えたことに胸を撫で下ろしていると遠くから三時を知らせる時報が聞こえてきた。


「三時か。一息つくか」

「おー、やった!」


 桑畑の声に勇太が真っ先に休憩スペースを目指していく。そのいそいそとした後ろ姿に桑畑と顔を見合わせて笑うとゆっくりと後を追った。


 ◇


「お疲れー」

「ありがとうございます」


 春海から紙コップを両手で受けとると、早速口をつける。乾いた喉が潤う感触を味わう間もなく飲み干してもう一杯注ぎ、ようやく人心地ついた気がした。

 ほうと息をついた歩の声に紙コップを持った春海が笑う。


「歩、疲れたでしょう。とりあえず座ったら?」

「あ、はい」


 自分の隣のコンテナ箱をぽんぽんと叩く春海に言われて、ずっと立ったままだったことに気がつき、そそくさと腰かけた。



「手伝い、ありがとね」


 ささやくように耳に寄せた言葉に小さく「いえ」と返す。そんな二人のやり取りが聞こえたのか、正面に座っていた勇太が春海を見た。


「春海さん、歩が手伝ってくれれば案外早く完成するかもよ」


「ねえ?」と同意を求められた桑畑も帽子で顔を仰ぎながら頷いた。


「本当?」

「マジ。

 結び方もバッチリだったし、結構力もあるし。

 ちゃんと戦力になってるわ」

「え? そ、そうですか?」


 勇太の賛辞と春海の嬉しそうな表情を素直に受け止めきれずに麦茶に視線を落とす。お世辞込みの賛辞かもしれない台詞に上手い切り返しが思いつかなくて、黙ってしまう自分が情けない。



「こんにちはー」


 のんびりとした声に振り向くと、日傘を持った初老の女性が少し離れた場所で立っている。見覚えない人物にぺこりと会釈をする隣で春海が立ち上がった。


「はい、こんにちは」

「お茶の時間に邪魔をしてごめんなさいね。

 この近くを通りかかったら珍しい物を見かけたんで、ちょっと声をかけたのよ。

 もしかして作っているのは大根やぐらかしら?」

「そうです。

 おおかみ小学校と地域起こしプロジェクトが共同で企画してまして……」


 てきぱきと説明する春海を見送りながら、作りかけのやぐらに視線を移す。柱が建ち始めた頃から少しずつではあるものの、遠目に見学する人や声を掛けてくる人が増えてきており、その度に春海が対応している。町報でも企画は載せていたものの、どうやら現場の方が宣伝効果があるらしい。

 しばらくして女性を見送った春海がにこにこと笑いながら戻ってきた。


「なんかすごく楽しみにしてくれてさぁ。収穫体験も参加してくれるって」

「さすがに気が早くね? まだ案内も出してないのに」

「そうなんだけど、折角興味を持ってくれた時がチャンスだもの。結構日程聞かれるのよね~。こうなったら少し早めに案内出そうかしら」


 あれこれと思案する春海と勇太のやり取りをぼんやりと耳に入れていると、吹き抜ける風が汗で湿った身体を通り抜けていく。11月も半ば、もう冬が目の前に近づいているはずなのに今年は天気が良い為か秋が長いように思える。その心地よさに目を細めてしばらく風を浴びていると、桑畑がコップを空けるようにぐいっと飲み干した。


「そろそろ始めるかぁ」

「うぃっす」

「はい」


 桑畑の声を合図に立ち上がりながら、長袖の下のぱんぱんになっているであろう腕を軽く擦る。帰りにドラッグストアで湿布を買いに行くことを心に留めて軍手をはめ直した。

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