第96話 おおかみ町大根やぐら(11)

 丸太を地面に対して三角形を作るように組み合わせるように立ち上げその頂上を紐で結ぶ。それを三メートルの等間隔で並べながら何度も繰り返し、三角のアーチが三十メートルほどの長さになったところで基礎となる柱が完成となった。


「おおー、こうして見ると迫力あるわ」

「そうでしょう?」


 カメラを片手に感嘆する春海に勇太が胸を張りながら、むしゃむしゃとおにぎりを頬張る。そんな勇太のコップに歩が麦茶を注ぎ足していると、隣でお茶を啜っていた桑畑が呆れた声を出した。


「全く、調子の良いこと言いおって。

 これまでは下準備にすぎんぞ」

「げっ! そうなんすか!?」


 ショックを受けたような勇太の情けない声に佐伯が慌てて口元を押さえると横を向く。


「この柱に竹を結ぶのよね。階段みたいに上に登れるように。確か、十段だっけ?」

「そうじゃ、大根が均一に風に当たるようにせないかんで、幅も等間隔で真っ直ぐ作らにゃいかん」

「桑畑さん、下の部分は竹を一本ずつ手で支えて結べば良いってことは分かるんですけど、手の届かない上の方ってどうやって結ぶんですか?」 


 コップをテーブルに戻した佐伯が割り箸で漬物を挟みながら訊ねる。


「そりゃ決まっとろうが。

 結んだ竹を足場にして乗るんじゃ」

「はぁ!? めっちゃ原始的じゃん!

  それって危なくないっすか?」

「なぁにきちんと結べば落ちやせんて」

「いや、だって紐で結んだだけの竹でしょう!?

 それを足場にするってあり得ないでしょう!」

「東堂がしっかり結べばよかろうが。

 後で結び方を教えてやるで」

「マジかよ……」


 頭抱える勇太を見ながら春海が心に浮かんだ疑問を口にする。


「っていうか、佐伯君が来てくれたから今日は三人だけど、普段はおじさんと勇太の二人よね。あの竹を持ち上げるのに二人って大丈夫なの?」


 四メートルはありそうな竹が置かれた場所を見た一同が思わずといったように無言になった。



「私が手伝います」


 恐る恐る手を上げた歩に一斉に視線が向けられ軽く怯みそうになるも、笑顔で受け止める。


「お! 歩もついにやる気になったか」

「勇太、何馬鹿なこと言ってるのよ!

 駄目に決まってるでしょう」

「折角手伝ってくれるなら良いじゃないですか。

 ねぇ、桑畑さん?」

「まあ、人数が多いに越したことはないが」

「竹を支えておけば良いんですよね。

 それくらいなら出来そうですし」

「歩!?」

「そうかそうか、それなら助かるで」

「おじさんまで!?」


 思いがけない申し出に春海が慌てるも話はあれよあれよという間に決まっていく。程なくして休憩が終わり作業に戻る男性陣が立ち去っていくと、片付けをしている歩の隣に並んだ。


「歩、何も手伝いまでしなくて良いのよ」


 今でさえ毎日欠かさず差し入れを持ってきてもらっているのにこれ以上負担は掛けたくない。そんな思いで渋面を作る春海に片付けの手を止めた歩が顔を上げる。


「全然大丈夫ですよ。

 花ちゃんに言っておけば時間もある程度融通が利くだろうし。今から手伝ってくれる人を探すよりは断然早いですよね?」

「! そ、それはそうだけど。でも……」

「実は毎日作るの見てて、自分でもやってみたいって思ってたんです。それに……」

「それに?」


「春海さんの企画ですから」


 はにかみながら「駄目ですか?」と春海を見る表情に言葉が詰まる。歩からねだる事などないくせに、こんな時に限ってねだってくるのは狙ってるとしか思えない。


「…………花江さんに許可貰ってからよ」

「はい」

「絶対に無理と怪我はしないでね」

「はい」


「それと……」


 ぱあっと笑顔を浮かべる歩に言い聞かせるよう真剣な表情で人差し指を立てた。


「この企画が終わったら、あたしと遊びに行くこと」

「はい?」

「歩が満足してもう十分っていうくらいまで付き合うから。絶対ね」


 仕事として関わる勇太や佐伯、指導者として引き受けて貰った桑畑にはそれ相応の報酬を準備しているものの、歩の申し出は完全な善意からのボランティアだ。彼女のことだからきっと報酬は固辞するだろうし、その代わりになりそうな事などこれくらいしか思いつかない。そんな意味を含んだ言葉に疑問を浮かべながらも歩が「分かりました」と首を縦に振る。


「今度こそ、最初から最後までちゃんと楽しみますから」


 その表情にかつての憂いが見えないことに安心しながらも、心に残る申し訳無さを笑顔の裏に隠した。

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