第95話 おおかみ町大根やぐら (10)

 会場となる広い畑に乗り入れたトラックから派手な音をたてて丸太が下ろされる。距離にして五十メートルは離れているはずなのに、その音量に思わず身体がすくんだ。


「……すんげー大がかりっすね」

「……本当ね」

「本当ねって……春海さんが自分で企画したんじゃないですか」

「だって、紙面の数字だけじゃいまいちピンとこなかったのよ」


 呆気にとられたように立ち尽くす春海と勇太の横を別のトラックが通りすぎていく。その後ろに積んであるのは山から切り出したばかりの太い竹だ。再び鳴り響く大音量に負けじと声を張り上げていた桑畑の元へ行くと二人に気がついたらしく片手を上げた。


「おじさん、お疲れ様です!」

「おぉ、ねーちゃんか」

「お疲れ様です。

 今日から宜しくお願いします」

「待っとったぞ! 東堂」


 うへぇと顔をしかめる勇太に笑いながら桑畑がタオルで汗を拭う。その生き生きとした表情にカメラの存在を思い出してバックからポケットに移した。


「やぐらってこんなに大きいのね。

 これ、ほんとに機械使わないで作るの?」

「あん? ねーちゃんに説明したろうが。

 柱を埋める為の穴掘りだけは機械を使うが、あとは全部人の手で作れるんじゃ。なあに、一週間あれば十分じゃろ。

 にしても……」

「な、何すか?」


 じろり、と視線を向けられた桑畑に勇太が思わずたじろぐ。


「……本当に戦力になるかねえ」

「んなっ!? ちゃんとなりますって!」

「まぁ、ええわい」


 腕まくりをしてアピールする勇太を引き連れた桑畑に「お願いしますね! 勇太も頑張ってー」と声を掛ける。

 いよいよ始まったやぐら作りに高鳴る胸を落ち着かせながら、PR用の写真を撮り始めた。


 ◇


「鳥居さん、こんにちは」


 自分を呼ぶ声に振り向くと、レジ袋を片手に提げた佐伯がこちらに歩いてきていた。


「お疲れ様、佐伯君」

「これ、皆さんに差し入れです」

「うわぁ、わざわざありがとう!

 おじさーん、勇太ー! コーヒー飲まない?」


 レジ袋を受け取り二人を大声で呼ぶと、穴掘り機と格闘していた二人が顔を上げる。


「いよいよですね」

「本当。

 佐伯君色々ありがとう。やぐらを作る手伝いまで引き受けてくれて」

「アツシさんからも言われてたんで気にしないで下さい。それよりも時々しか手伝えなくてすいません」

「ううん、それでも凄く助かります」


 感謝の気持ちを込めて頭を下げれば「やめてくださいよ」と佐伯が慌てる。歩いてきた勇太と桑畑にコーヒーを渡すと、疲労困憊といったように勇太が椅子代わりのコンテナ箱に座り込んだ。


「頂きます、佐伯さん」

「どうぞどうぞ」


 缶コーヒーのプルタブを開けた勇太がぐいっと一気に飲み干す。コーヒーを味わうよりも水分を求めるといったその姿に、無言で自分の分を渡した。


「拓也、父ちゃんは元気か?」

「はい、おかげさまで元気してます」

「お前幾つになった?」

「今年で二十一です」

「ほー、もうそんな大きくなったかぁ」

「大きくなったなんて、子供じゃないんですから」


 缶コーヒーを手に持ったまま驚く桑畑を佐伯が苦笑いする。


「……勇太、大丈夫?」


 そのまま父親の話題で盛り上がっている間に隣の勇太に小声で訊ねると「オレ明日動けないかも……」と真顔で返された。


「つーか、桑畑さんってバケモンですよ」

「ああ? 誰がバケモンじゃ!」

「うわっ、聞いてました!?

 だって、オレと同じ作業してたのになんでそんなにぴんぴんしてんすか」

「お前がひ弱すぎるんじゃ」

「絶っっ対違いますから!

 ねぇ、佐伯さん?」

「ははは」


 勇太に同意を求められた佐伯が困ったように笑う。

 やがて畑の入り口に車が一台近づいて来るのが見えた。駐車する場所を探すようにゆっくり走る車に立ち上がって両手でアピールすると向こうもどうやら気づいたらしく、運転席の窓が開く。


「歩!

 どうしたの?」

「今日から外で作業って聞いていたんで、差し入れを持ってきたんです」

「ホント!?

 ありがと~! 今ちょうどお茶してたの。

 良かったら一緒に来ない?」


 車から降りた歩に近づくと、両手に抱えた荷物の片方を取る。


「あ、すいません」

「ううん。

 わざわざありがとう」

「いえ。

 ランチも終わって時間もありましたから。

 ……春海さん、あの人役場の方ですか?」


 休憩スペースまで並んで歩いていくと、見慣れない人物がいたことに気がついたらしく、春海に訊ねる。


「あぁ、佐伯君?

 役場の振興課の人。やぐら作りも手伝ってくれるの」

「そうなんですか。

 この間の打ち合わせの時にも見た人だなぁって思って」

「あたしたちの企画もいつも何かと気を配ってくれるし、すっごく良い人なのよ」

「そうなんですね」


「こんにちは」と歩が会釈すると皆が口々に挨拶を返す。


「おぉ、花江ちゃんとこの子か」

「桑畑さん、この間はありがとうございました」

「あれくらいよかよか。

 こっちに座らんね」


 席を勧める桑畑がまるで孫娘が来たように相好を崩し、そんな二人のやり取りで場の雰囲気が穏やかに変わった。


「歩、ポットの中身ってコーヒーか?」

「いえ、麦茶なんですけど」

「さすが歩! なぁ、貰って良いか?」

「あ、はい。

 紙コップもあるんで今注ぎますね」


 勇太に麦茶を渡すとバックから差し入れを次々と取り出していく。漬物や一口大のおにぎりなどお茶菓子よりも軽食に近い品々が並ぶのを見て、気遣いの細やかさに感心した。



「さて、いっちょ頑張るかぁ」


 すっかり元気を取り戻し勢いよく立ち上がった勇太が桑畑と並んで行くのを見送りながら片付ける。


「ごちそうさまでした。

 差し入れに来ただけなのにお茶まで頂いて。ありがとうございます」

「ううん、佐伯君もコーヒーありがとう」

「いえ、明日はなるべく早めに来ますね」

「忙しかったら無理しないでね」


「大丈夫ですよ」と笑った佐伯が春海の隣にいる歩に目を移す。


「あの、自分、佐伯って言います。

 役場の振興課で働いてます。宜しくお願いします」

「あ! はいっ。

 ええっと、本多です。こちらこそ宜しくお願いします」


「ぷっ!

 二人ともなんでそんなに他人行儀なのよ」


 ぎこちなく頭を下げ合うと春海が思わずと言ったように吹き出され、お互い顔を見合わせて困ったように微笑んだ。

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