第80話 おおかみ町大根やぐら (7)
連絡会を済ませてからそのまま懇親会に移るという事で、聞こえてくる声に話し合いが終わりそうな雰囲気を感じて、皿を並べていた手を止める。一番前に座っている春海の背中は最初から最後まで背筋が伸びた姿勢のままで、その表情を見なくてもずっと緊張していた事がうかがえた。
「以上で第一回連絡会を終わりたいと思います」
「お疲れ様でした」の声と共に場の雰囲気がどっと緩み、スマホを取り出したり、プリントを折り畳んだりと各々が寛ぎ始めた。勇太や美奈が空いたグラスを片付けながら持ち込みのアルコールを配り始め、歩と花江が料理を運んでいく。
連絡会の参加者は全員で十六名。地域起こしプロジェクトのメンバーが半分を占めるものの、残り八人のうちの幾人かは見覚えある人物が並んでいる。
「後ろ、失礼します」
「ああ、どうぞ」
缶ビールを配る勇太と談笑している背中にそっと一声掛けると、皿を置きやすいようにスペースを開けてくれたのは白井。
「本多さん、久しぶり」
「お久しぶりです。
白井さんも参加されるんですね」
歩の言葉に白井が隣でビールを並べている勇太を見る。
「東堂くんと鳥居さんに熱烈なオファーをもらってね」
「それは勿論、オレらの中では農業っていったらやっぱり白井さんですからね。是非デカい大根を作ってもらわないと」
「うわ、責任重大だなぁ。
何しろ初挑戦だからね。今のところは順調そうだけど、収穫までは気が抜けない毎日だよ」
「その点はオレたち丸投げなんで本当申し訳ないです。
今日はいくらでも付き合いますんで遠慮なく楽しんでください」
「ははは、それじゃあ宜しく。
あ、本多さんもまた参加してよ」
歩が答えるより早く勇太が口を開いた。
「それは大丈夫です。
歩は既にメンツに入ってるんで」
「勇太さん! また勝手に決めて……」
「何だかんだ言いつつ参加するだろう?
お前、春海さん大好きだし」
「!?」
軽い調子で投げられた一言に言葉を詰まらせると、「ほら、仕事仕事」と勇太から追い払われる。
友人として言われただけだから──
動揺する心にそう言い聞かせながらカウンターに戻ると、次の料理に取りかかっている花江の補助に回った。
◇
「それでは乾杯の音頭を……春海」
「えっ!? 私ですか?」
「そりゃあ、企画責任者だからな」
「え~、立ってるんだからそのまま勇三さんがしてくれても良いのに」
「お前の熱意を皆に伝えてみろ。
ただし手短にな」
「また無茶振りする~」
勇三とのやり取りでどっと笑いがおき、渋々と立ち上がった春海がグラスを片手に何度か小さく深呼吸して前を向いた。
「本日このおおかみ町に大根やぐらを復活させるという企画が正式に発足しました。まずこの企画に協力して下さることになった皆さんにお礼申し上げます」
「姉ちゃん、顔が硬いぞ」
勇三の隣に座っている桑畑が野次を飛ばすと笑いが生まれ、ぎこちなかった春海がようやく笑顔を見せた。
「えーとですね、つまり私たちはこれから五十年ぶりにおおかみ町の伝統の復活に挑戦することとなります。経験者である桑畑さん以外全く未知の建造物であるこの大根やぐらは、正直に言って完成品がどんな物になるのか想像できません。
ただ、私は今回の企画を町起こしとしての目的は勿論のこと、過去と現在、そして未来へと続いていくイベントとして今後に繋げていければ良いと思っています。
皆さん、これから宜しくお願いします。
それでは、乾杯!」
「乾杯」の声と共にグラスがあちこちで鳴った。春海も目の前に座るおおかみ小学校の校長、役場の産業振興課の課長とグラスを交わしてからグラスに軽く口をつける。普段は喉ごしを楽しむビールも緊張で味が感じられない。
「姉ちゃん、中々良かったじゃねえか。挨拶」
桑畑が缶ビールを掲げ、慌ててグラスを差し出して返杯する。
「おじさんが代わりに挨拶してくれても良かったんですよ」
春海の言葉に「うはは」と笑った桑畑がぐいっとグラスを空けた。
「その調子で挨拶すりゃ良かったのに」
「遠慮しておきます。締めの挨拶はうちの所長がしますから、期待しててくださいね」
「おい、春海」
「責任者の権限を行使します」
呆れ顔の勇三に笑顔を見せると、向かい合う二人と挨拶を交わす。普段なら軽い挨拶程度で済むものの責任者という立場では蔑ろにするわけにもいかず、次々と運ばれてくる料理を目で追ってしまわぬよう会話に意識を向けた。
◇
「歩、二皿出来たわ」
「はい」
熱々のエビチリを受け取って仕上げのパセリを飾ると、カウンターの上に食べ終えた皿が積み重なっているのに気がついた。
「使った皿はここに置いていて良かったですか?」
「あ! ありがとうございます」
どうやら目の前の男性が運んできてくれたようで、歩が準備したトレイを見て「持っていきましょうか?」と手を伸ばしてくる。
「いえ、大丈夫です。
ありがとうございます」
「あっちに戻るついでですから。気にせずに」
にこにこと笑顔を浮かべる男性に見覚えはないものの、服装からして役場の職員らしい。その場から動かない男性に困っていると、テーブル席から声が飛んできた。
「佐伯ー!
そんなとこで何してるんだー?」
「ちょっとしたお手伝いですよ」
「おい、店員さんの邪魔すんな!
こっち来て飲めー」
「分かりましたよ」
軽く頭を下げて苦笑いした後、離れていった佐伯と呼ばれた男性を見送ると料理を思い出して慌てて運びにいく。先程やり取りをした佐伯のテーブルには春海が座っており、挨拶を交わしていた。
「ここにどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「アツシさん、エビチリ取りましょうか」
「おお、サンキュー」
佐伯がこまめに気遣ってくれているのだろう、このテーブルだけは空いたグラスや皿が片付けられており、料理も綺麗に食べ終えている。
「あの、グラス下げますね」
「あ、すいません!」
感謝の意味を込めて佐伯に軽く頭を下げると何故か佐伯から謝られ、思わず笑った歩に佐伯が照れたように頭を掻いた。
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