第46話 おおかみ小学校 (5)
「完成………っと、うわっ!?」
何度も画面を確認した後、安堵のため息と共に大きく伸びをすれば、座っていた椅子からひっくり返りそうになり、慌てて前のめりになる。
「何してんすか?」
「大丈夫?」
その一部始終をたまたま見ていたらしい勇太と恵に苦笑いしながら、開いていたパソコンの画面を二人に向ける。
「やっと出来た~!
恵さん、こんな感じで作ってみたんですけど、確認お願いします」
「お、どれどれ」
「あぁ、ネットの方っすか。
……お、歩じゃん」
画面を確認する恵の横で一緒に見た勇太が納得したように呟く。春海が作っていたのは地域起こしプロジェクトのホームページに載せる為の体験プロジェクトの記事だ。読みやすく興味をひいてもらえるよう、写真と文面は町報のそれより随分砕けた感じになっている。
「良いんじゃない、っていうか、もう勇三さんにはOK貰ってるんでしょう。今更私があれこれ言う立場じゃないじゃない」
「勇三さんは勇三さんですよ。
私の指導者は恵さんだし、確認はいくらしてもらっても有り難いんです」
何度も見返して見たものの、誤字脱字や言い回しなど気を付けすぎるに越したことはない。丁寧に文字を追う恵が「大丈夫」と指で丸を作ったところで、マウスをクリックする。画面がきちんとアップされた事を確認して、ようやくパソコンから身体を離した。
「あぁ、終わったぁ~」
時計を見れば十二時半を過ぎていて、途端に空腹を感じる。
「二人ともお昼済ませたんですか?」
「いいえ、まだ。
それこそお昼何食べるって勇太君と話していたところよ」
「そんじゃ、春海さんも仕事が終わった事だし、行きますか」
「そうね」
財布を片手に持った勇太と恵がヒラヒラと手招きをする。
「お昼『HANA』にするんだけど、春海も行くでしょう?」
「行きます!」
即答して財布を持つと、すぐさま二人に並ぶ。外に出ると心地良い風がさわさわと吹き抜け、校舎の隣にあるイチョウの眩しい黄色がやけに目に染みた。
「そう言えば、どこの学校にもイチョウって植えてありませんでしたか?」
「あぁ、確かに」
「俺、あのギンナンの匂いが駄目だったわ」
「分かる分かる!」
「子供の頃ってこんなに身近に季節の移ろいがあったのに、全然気にしてなかったわね。
ここで働く様になってから春には桜を見て、夏には蝉が鳴いて、秋には紅葉があって、冬には冷たい風を感じる様になって……なんだか凄く自然を感じることが増えたなぁって思うわ」
「……そうですね」
同じ様な思いで春海が同意すれば、隣で勇太が声を殺して笑っている。
「ぷぷっ!それって、年取ったって言ってるようなモンですよ。
ダメでしょう? 春海さん」
「こら! 勇太。
あんた私だけ名指しするなんて良い度胸してるわね~」
「あははは!
イテッ!?」
我慢できずに大笑いする勇太の背中に平手打ちすると、逃げ出した勇太を追いかけて春海が走り出す。
「若いって良いわぁ」
そんな二人の後ろ姿を苦笑しながら、恵がゆっくりと追いかけた。
◇
「いらっしゃいませ……あの?」
肩で息をする勇太と春海を歩が戸惑った様に出迎える。たった数十メートルの距離を走っただけで息を切らせる自分にショックを受けながらも、声が出せない。
「………ぜぇ、………ぜぇ、………」
「ちょっと、春海、さんと、走って、来た、だけ……」
「はあ」
「こんにちは、歩さん。
気にしないで、三人お願いね」
「あ、こんにちは。
どうぞ」
息を切らせながらの勇太の説明に疑問を浮かべる歩に、ようやく追いついた恵が笑いながら中に入る。カウンターに座り差し出されたお冷やを一気に飲み干してから大きく息を吐くと、目を瞬かせた歩がそれでもピッチャーからお代わりを注いでくれた。
「ありがと、歩。やっと落ち着いたわ~
ホント、勇太のせいでとんだ目にあった」
「他人のせいにしないでください。
良い年こいた大人が、大人げなく追っかけて来るのが悪いんでしょう」
「それをアンタが言うな」
「ほら、もうおしまい。
あ、春海、町報出来てるわよ」
「え、ホントですか?」
ヒートアップしそうなやり取りを恵が遮ったところで、カウンターの一角に置かれたブックスタンドから今月号の町報を取り出す。ペラペラとページを捲った指が止まった場所を見れば、春海が書いた体験プロジェクトの紹介がきちんと載っている。タケルの写った一枚にあの時の気持ちを思いだし、苦くなる想いを水と一緒にぐっと飲み込んだ。
「今朝配られたばかりなんだけど、うちの常連さんにも好評だったわよ。ね、歩」
皆で撮影した集合写真を表紙に使用した為、記事の方は芋掘りと懇談会の光景を幾つかピックアップしており、一番最後に歩と寛太の写真を他の写真より少し大きめに載せている。
目につきやすかったのだろう、花江の一言に写真のモデルを見れば当の本人は恥ずかしそうにふいっと顔を逸らす。おそらくあちこちから同じようにして声を掛けられたのだろう。
「そうでしょう。私もお気に入りだもの」
そう言って歩の羞恥心を煽れば、案の定ますます顔を赤らめる歩が出来上がった。
鶏肉とキャベツのシンプルな塩味の炒め物をメインにきのこと里芋が入った炊き込みご飯、春雨サラダにわかめスープが目の前に置かれ、早速炊き込みご飯から手に取った。
「あ、美味しい」
一口食べれば、思った以上にしっかりと味がついた里芋の食感が口に広がる。ふわふわと幸せを噛みしめながら一口、もう一口と食べていくといつの間にか茶碗の半分程食べてしまっていた。
「春海は炊き込みご飯が好きなの?」
「何だか実家のご飯を思い出したんですよねぇ」
「分かるわぁ。独り暮らしじゃなかなか作らないものね」
モグモグと食べる恵と話ながら隣を見れば、相変わらず一心不乱にかき込む勇太がいる。最近、『HANA』に頻繁に通うようになったのは花江の料理にコンビニやファミレスに無い温かみを覚えるせいかもしれない。
──正月は顔を出そうかな
終わりが近づくカレンダーを眺めながら、ふと久しぶりの郷愁に駆られた。
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