第45話 おおかみ小学校 (4)

数日後、手の空いたメンバーと図書室に籠りっきりだった勇三を引っ張りだし、花壇に花を植えることにした。


「なんだか明るい雰囲気になったなぁ」

「こうしてみると花って良いもんですね」


 初めは乗り気ではなかった勇三さえも手入れを終えた花壇を見ては満足そうにしている。慣れない土仕事を紙コップのジュースで労いながら階段をベンチ代わりに座って談笑していると「こんにちは!」と明るい声が響いた。


「あ、山下先生!

 こんにちは」

「お疲れ様です!

 あら、皆さんで植えたんですか?」


 泥だらけの手袋と花の入っていたポットを見た山下が手入れされたばかりの花壇を見て「綺麗ですねー」と誉める。


「先日の講話の感想を子供たちが書いたので、鳥居さんにお渡ししようと思いまして」


 勇三に勧められて紙コップを持ち、春海の隣に座った山下が抱えてきた封筒を差し出す。


「そんな……わざわざありがとうございます」

「いえいえ、私も一度こちらに来てみたかったものですから。

 それと、これもお渡ししたくて」


 恐縮する春海に笑顔で山下が応じ、もう一つ『おおかみ小学校』の封筒を差し出してくる。


「学習発表会の案内です。

 うちの小学校って小規模なんですけど、子供たちの行事に対する熱意が凄いんですよ。保護者だけでなく、地域の方々も毎年楽しみにしているんです。

 皆さんも是非観に来てください」


 子供たちの事を誇らしげに話す山下の言葉に皆も興味を持ったらしく、案内状をのぞき込んでいる。


「土曜日なら休みだし観に行けそうですよね」

「この『ごんぎつね』って確か習ったわ。懐かしいー!」

「えっ! 先生達も発表するんですか?」

「はい、子供たちに負けられませんからねー」


 ここにいる全員が行けそうだと伝えると、ぱっと山下が笑顔になった。「仕事があるから」としばらくして立ち上がった山下を校門まで送り出すため春海も付き添った。


「それにしても皆さん仲が良いんですね。

 若い空気っていうか、雰囲気が明るいっていうか」

「先生もお若いじゃないですか」


 春海とさほど変わらないだろう山下の言葉に反論すると「そうなんですけどね」と笑う。


「こんなに近くにいるのにお互いの事を意外に知らないものですね」


 山下の何気ない最後の言葉が、やけに春海の心に残った。


 ◇


 仕事を終えた頃には太陽は既に沈み、辺りは薄暗くなっていた。片付けを済ませてからようやく山下から受け取った封筒に手を伸ばす。自分の講話を子供たちがどんな風に捉えたのかと思うととても人前では読めず、皆が帰るのを待っていたらこんな時間になってしまった。


 学年毎にクリップで留めてある葉書サイズの紙を丁寧に取り出すと、一枚ずつ捲っていく。最初の方は子供らしい簡単な感想がたどたどしい文で綴られていたが、学年が上がるにつれ具体的な感想や自分の意見が混じるようになっていくのが面白い。その全てにお礼の言葉が書いてあるのが社交辞令だとしても嬉しかった。


「五年生って三人しかいないんだ」


 三枚綴りの最後の一枚に手が止まる。他の二人と違い、絵が添えられた感想には『タケル』の名前と学年の隣に『サポートルーム』という単語が付いてあった。


「サポートルーム?」


 念のため六年生まで確認するも、他の児童にはつけられておらず、その名前から推察するに彼には何かサポートが必要なのだろう。しかし、タケルを思い浮かべてもサポートが必要な様子は見られなかったように思える。不意に、山下の言葉が蘇った。



 ──そんな子じゃないんです。


 おもむろにパソコンを引き寄せると思い付くまま単語を並べ、ネットの海を検索する。




「…………あった」


『発達障がい』

 春海にとって聞きなれない言葉ながら、ほんの数個のワードだけでおびただしい量の検索結果が該当するのをみれば、珍しい事ではないらしい。しかし、春海にとっては『障がい』という文字が衝撃過ぎて、鈍器で殴られた様にショックを受けた。

 目に見えない故に他人からの誤解を受けたり、本人の自覚がないまま苦労したり、周りからの無理解に苦しむこともあるらしい。



 ──うちの子ってそういう子なのよ。

 ──そんな子じゃないんです。



 タケルのプライバシーに関わる為、言葉を濁したのだろう。

 もしくは、本当に違うのかもしれない。

 多岐に渡る症状の幾つかに該当するからといって必ずしもその言葉が当てはまる訳ではないらしいから。



 だけど、春海の言葉を否定しながらも説明出来なかった母親と山下はどんな気持ちだったのか。


 重なった二人の表情にあの時のもどかしさが分かり、不用意な言葉で傷つけた自分がただ憎い。



『生きづらさ』


 発達障がいの説明に必ずといっていいほど付随する五文字の言葉に両手で頭を抱えた。

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