第57話 土曜日午後の二人 (1)

『隣街』というものの、正確には『市』である北市はおおかみ町から一番近い市で車で四十分かかる距離にあるものの、おおかみ町民にとっては生活圏内らしい。

 道路に並ぶ建物の多さに、物珍しさからあちこちに視線を動かしていると、一際大きな複合施設に向かって車が左折した。


「ここが今日の目的地よ。

 花江さんの言っていたお店も入っているし、飲食店のエリアもあるからお昼食べてから買い出しで良い?」

「はい」


 広大な敷地に広がる駐車場は土曜日とあってこみ合っている。ようやく空きを見つけて駐車すると、春海についていくように建物に向かった。




「歩、何が食べたい?」


 慣れた様子で人混みをすり抜ける春海が飲食店街の入口で立ち止まり、訊ねてくる。


「春海さんの好きな物で良いですよ」

「歩の食べたい物を聞いてるのよ」


 春海が譲ろうとしないため、仕方なく指差された案内板を眺めた。


「うわ、たくさんある……」


 イタリアン、和食、ファーストフード、中華にファミレス。


 春海さんって何が好きだっけ?


『HANA』での春海の様子を思い出しながらあれこれと頭を悩ませるものの、いつも楽しそうに食事をする横顔しか思い出せない。

 じっくり考えたいが、春海を待たせているというプレッシャーが、頭の中で勝手にカウントダウンを告げていく。必死で導きだした答えは……


「…………ファミレス、とか、どうですか?」


 一番無難な場所になった。


 ◇


「お待たせしました。

 ごゆっくりどうぞー」


「ありがとうございます」


 仕事場での言い慣れた台詞に条件反射でついお礼を伝えると、伝票を置いたままのホールスタッフの動きが一瞬止まり、「いいえ」と笑って去っていく。テーブルの向こうから感じる生温かい微笑みから逃れたくて目の前に置かれたパスタセットを眺めた。



「そういえば、歩とこうやって食事をするのって初めてよね?」


 何気に緊張しながら「いただきます」とフォークを持った歩に、ハンバーグに切れ目を入れながら春海が顔を上げる。


「そうですね……」


 友人関係の花江とは違い、客と店員とでしか関わらなかった歩と二人きりで食事をすることになるとは確かに想像出来なかっただろう。歩にとっては関係が前進する大きな一歩だったが、春海にとっては大した事では無いかもしれない。なるべく平静に努めようとパスタをフォークに巻き付け、予想以上の大きさになった塊に内心困りながらも口に運ぶ。


「歩って最初私の事嫌いだったでしょう?」

「!?」


 春海がくすくす笑いながら告げた言葉が衝撃的過ぎ、ついでに喉につかえそうになったパスタのせいもあって目を白黒させる。


「ちょっと! 大丈夫?」

「っ、はいっ……その、あの、嫌いっていうより、………ごめんなさい」


 あたふたしながら言い訳を考えるも、上手く取り繕える自信がなく結局謝ってしまった。


「いいのよ。

 私わざと怒らせてたんだし」


「だって、反応が可愛いんだもの」と片頬を上げた笑みを向けられてじわりと顔が熱くなる。熱を冷まそうと手を伸ばしたコップは空っぽで、いつの間にか飲み終えていたらしい。


「あ、えっと……」

「ああ、私も飲みたいから、ついでに注いできてあげるわ」


 にゅっと伸びた手が歩のコップを奪い取る。立ち上がった手の片方にはまだ水が半分程入っており、この場に不馴れな歩への気遣いだと一目で分かった。


「春海さん!」

「いーの、いーの。

 すぐそこだから」


 止める間もなく見送ってしまった後ろ姿に、申し訳なさと同時に胸の高鳴りを感じてしまい、一人悶える歩だった。

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