第56話 おおかみ小学校学習発表会 (7)

「間もなく後半の部を始めます」


「あ、行かなくちゃ」

「またねー」


 そのアナウンスが聞こえた途端、両隣にいた子供たちが一斉に席に戻る。手を振り見送った後、少し離れた場所の春海を見る。こちらに声は届かないもののタケルの母親と穏やかに話している春海の姿を確認して、先に席に戻ることにした。




「おかえりなさい」


 開始のブザーと同時に滑り込んできた春海にそう声をかけると、一瞬目を丸くし、どこか照れくさそうに小さく応える。



「……ただいま」


 そのまま舞台に視線を移した春海につられるように歩も前を向く。

 その後時折春海が視線を向けていた事に歩は気づかなかった。


 ◇


「いやぁ、結構面白かったな」

「本当、楽しめましたね」


 発表会が終わり、再び集まったメンバーたちがあれこれと話しながら駐車場に向かうのを後ろからついていく。


「来年はうちも出演するか?」

「え!? 本気ですか!? 勇三さん」


「保護者枠があるなら来賓枠も頼めばいけそうじゃないか?」


「いやいや、無理ですって!」

「うわっ、出たわ! 勇三さんの無茶振り!」


「うちのモットーは『何事も挑戦』だろうが」

「確かにそうですけど、それって勇三さんの都合の良いように解釈してません!?」


 至極真面目な勇三と動揺する春海たちのやり取りにそっと笑いを堪え、結局結論を保留にしたまま解散した他のメンバーに挨拶をしてから春海の車に乗り込んだ。




「それじゃ、行こうか」


 車内に二人きりになり、落ち着いた口調に変わった春海が車のエンジンをかける。


「すいません。お願いします」


「歩、お昼どうする?」


 車内の時計を見た春海がハンドルに手を置いたまま歩に訊ねる。


「え、お昼?」

「そう。

 向こうに着く頃には良いタイミングなんだけど」

「あ、え、っと……」


 普段この時間は働いているので特に気にしなかったが、一般的には昼食を摂る時間帯だ。そもそも外食を殆どしない歩にとってこの質問は難しすぎる。


「あの、ごめんなさい。

 私、全然分からなくて……」

「あ、行ったことなかったんだっけ? ごめんごめん。

 じゃあ、着いてから探そうか。あの場所ならお店が色々あったから」

「すいません……」


「謝る必要なんてないわよ」


 にこりと笑った春海がギアを入れ、車を走らせる。

 慣れ親しんだ光景を助手席から眺める不思議さを覚えながら、これからしばらくの間二人きりで過ごす時間を思って頭を悩ませていた。



 春海さんと何を話せば良いんだろう?


 幾度か二人きりになる機会はあったもののこんな状況は初めてで、嬉しいという気持ちに困惑が入り交じる。


「歩はさぁ」

「は、はいっ」


 突然の呼び掛けに跳び跳ねる様に返事をすれば、横目で歩を見た春海が「驚きすぎよ」と笑う。


「……歩はどうしてあの時助けてくれたの?」

「え?」

「休憩時間」

「あ」


 タケルの母親と二人きりにした時の事らしく春海にとっては気になっているようだ。


「助けたって言われても……」


 自分でもよく分からないままの行動に、あの後戻ってきた時の春海の雰囲気が穏やかだった事から、何となく安心していたのだが、春海には納得いかなかったらしい。


「何となく……ですかね」

「何よそれ」


 散々悩んだ挙げ句の答えは、あっさり一笑された。



「…………無自覚なんて狡いじゃない」

「えっ? 何がですか?」

「ううん。

 何でもないわ」


 不満混じりの呟きに思わず聞き返すと、笑ってかわされる。

 何か気に障ったのだろうかとそわそわと落ち着かない歩の態度を楽しむかのように黙ったまま、春海が隣街へと車を走らせていった。

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