第54話 おおかみ小学校学習発表会 (5)
歩自身は取り立てて子供が好きという自覚はない。学習発表会を観に来たのも春海が誘ってくれたからで、一人だったなら行かなかっただろう。
「これで、一年生のはっぴょうをおわります。れい!」
舞台の中央でぺこりと頭を下げる五人に自然と拍手を送る。舞台上に見知った顔を見つける度、いつの間にかその一生懸命な演技に一挙一動している自分がいた。
「ただ今より、十五分間の休憩に入ります。児童の皆さんは──」
慣れた口調で休憩を告げる正太の声に場内が一斉にざわめき始めた。
「……楽しかったですね」
「確かにね」
返答を求めるつもりもなく呟いた言葉は春海に届いていたらしい。同意しながらもくすくすと笑う春海に首を傾げる。
「子供たちの発表も楽しかったけど、私は歩も見ていて楽しかったわよ」
「私、ですか?」
思ってもみない一言に目を丸くすると、春海が思い返したように頬を緩めた。
「だって、歩ったらすっごく熱心に観てるもの。
ついつい気になっちゃったわ」
春海の言葉に改めて自分の行動を思い返す。
舞台発表は劇や合唱以外にもおおかみ町の成り立ちや社会科見学で学んだこと、普段の学校生活や郷土芸能など多岐に渡るもので、一学年の人数が少ない分は校長、教頭や保護者が参加して補い、資料発表にはパソコンや放送機器を活用する。クラス毎の合唱や合奏、劇など型通りの学習発表会しか体験したことのない歩にとってまさに学校一丸となって行う発表は新鮮だった。
「その、あの、子供たちが凄く一生懸命だったから、つい……」
上手く説明できないもどかしさに歯切れ悪く答える歩に春海が優しく目を細めた。
「恥ずかしがる必要ないわよ。
歩が楽しいならそれで良いじゃない」
「……はい」
「ねぇ、歩。まだ時間あるし、後ろの展示物見に行かない?」
「あ、はい……」
気分を変えるように立ち上がった春海につられて後ろを振り返ってみると、体育館の壁に沿って児童の作品が並んであり、休憩と共に立ち上がった人たちは皆そちらに向かったらしい。春海の後を追うように知らずのうちに固まった身体をほぐしながら立ち上がった。
◇
「あー! 歩ちゃんだー!」
聞き覚えのある声に足を止めれば、寛太が駆け寄ってきた。見上げてくる子供たちにしゃがみこみ、視線を合わせる。
「こんにちは、寛太君」
「歩ちゃんも観に来てたのー?」
「うん。
寛太君たちの劇、凄く上手だったね」
「僕の発表見てたー?」
早速あれこれと話し出す寛太に相づちをうっていると、向こうで春海が笑いを堪えているのが見える。
「歩ちゃん、僕たちの絵あっちにあるの!」
「え、ちょっと待って」
どうやら案内してくれるらしく腕を掴んだ寛太についていくべきか迷っていると、春海がいってらっしゃいというように手を振った。
「あの、春海さん……」
「案内してくれるらしいじゃない。
私も後で落ち合うから、先に行ってて」
「あ、……はい」
言葉を濁した先の指差した方向はトイレらしく、気遣えなかった申し訳なさも込めてぺこりと頭を下げると引っ張られるように寛太についていく。
その後ろ姿をどこか羨ましそうに春海が見送った。
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