第53話 おおかみ小学校学習発表会 (4)
春海に連れられて小学校に行くと、臨時の駐車場となっている校庭には既に多くの車が停まっており、誘導に従い校庭の端に車を停めて会場である体育館に向かった。
体育館の玄関先は縁を花で飾られた『学習発表会』の看板と開始までの時間を潰している保護者や高齢者で賑わっており、その集団の一つに見知った顔ぶれを見つけた春海が声をかける。
「おはようございまーす。
皆早かったのね」
「今来たとこですよ」
口々に挨拶を交わす人たちに気後れしつつも春海の後ろから「おはようございます」と歩も挨拶をする。
「あら、歩ちゃんも観に来たの?」
「あ、はい……」
「折角だから誘ってみたの」
「そうなんですね」
真っ先に目が合った美奈にぎくしゃくした笑みを浮かべて会釈する。顔見知りとはいえ仕事を離れての会話はどうしても苦手で返事をするので精一杯だ。そんな歩を他の誰もが気にする様子もないことに小さく安心して雑談を耳に入れていると、体育館に向かう人が次第に増えだした。
「そろそろ行きますか」
その一言をきっかけに歩たちも人の流れに合流する。体育館に一歩足を踏み入れると、解放感に溢れた空気と窓から射し込む太陽光が出迎えた。観覧用に並べられた椅子の大半は前から順に埋まっており、椅子の置かれてない窓側には脚立付きのビデオカメラが所狭しと並んでいる。
「歩、受付しといたわよ」
まるで劇場や演奏会の様な雰囲気に目を丸くしていると、背中越しに春海が呼び掛けた。
「あっ、ごめんなさい!」
「名前、勝手に書いたけど良かった?」
「は、はい」
「じゃあ、行こうか」
春海の後をついていくように歩きながら、がやがやとにぎわう観覧席を見回して空いたスペースを探すものの、ぽつぽつと空きがあるだけでまとまって座れそうにない。
「別れて座るしか無さそうね」
「だな」
「それじゃ私たちはあっちに座るから」
体育館の左側に二つ空いた席を指差した春海が「歩」と呼びながら腕を引く。
「え! ひ、一人で大丈夫です!」
上擦った声で抵抗すると、腕を掴んだままの春海が眉をひそめた。
「プログラム一枚しか貰わなかったし、二人で来たのにどうして別々に座るのよ。ほら、行くわよ」
「わ、分かりました、からっ」
離された腕の代わりに背中をぐいぐい押され、椅子に座った歩の左に春海が座る。拳一つ分の距離から届く嗅ぎ慣れた春海の香りがいつもよりずっと強く匂って落ち着かない。
「これ、プログラムね」
「っ、はい」
二人の間に差し出された紙の端を支えるように持ちながら、意識を逸らそうと字を追いかける。一年生の挨拶で始まり、六年生の挨拶で終わる間には途中の休憩を挟み八つの演目が並んである。
「……一年生から順番にって訳ではないんですね」
「そうね。
全体合唱とかあるけど、五、六年生はそれに加えて二つも演目があるし、結構大変よねぇ」
「あ、正太君だ」
「ん? ああ、歩と一緒だった子ね」
「はい。
一人で進行係って凄いですね……五年生なのに」
児童役員の欄に並ぶ幾つもの名前の中に進行係として載っている正太の名前を見つめる。
「ここの学校は三十人ちょっとしかいないらしくて、行事の時には五、六年生は一人一役しなくちゃいけないらしいわよ」
「え、三十人!?」
六学年で割ったとしたら、一学年が大体五人──五人!?
頭の中で計算して、その人数の少なさに驚いていると「凄いわよね」と春海が同意する。
ブザーが鳴り、ざわめきが徐々に収まっていく。どうやら開演の時間になったようだとプログラムを春海に返して椅子に座り直した。
「……歩の知り合いの男の子は五年生なのね」
「?」
独り言のように聞こえた声に隣を見ると、どこかほろ苦い表情の春海が前を向いていた。
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