第7話 隠れ家レストランHANA (2)
「いらっしゃい」
他の客より砕けた挨拶を交わす花江に笑って返した春海が、一人で座っていた男性を見て片手を上げる。ほっとしたような男性の隣に座ると、料理を運んできた歩に話しかけてきた。
「私、ディナーは初めて来たけど、テーブル席が座敷になるんだね」
「はい、人数が多い時だけですけど」
昼間、テーブル席がある場所は現在一段高くなった座敷になっていて、二つ並んだテーブルに全員が座れるようになっている。物珍しそうに見回す春海の表情につい視線を向けそうになるのを我慢して皿を並べていく。
◇
「それでは、かんぱーい!!」
「乾杯!」
「お疲れ様ー」
中央に座った男性の掛け声と共に、一斉にグラスの重なる音がする。一拍置いて賑やかになるテーブルに視線を向けると、隣に話しかける人、箸を取る人、グラスを空ける人、と思い思いの行動を取り始めている。
『おおかみファイターズ』のメンバーは町報の写真で見たものの、実際に本人達と会ってみれば全体的に随分と若い。春海と殆ど同年代に見える為か時間が経つにつれ、気の合う友人グループの飲み会といった様相でリラックスした雰囲気となっていった。
「歩、盛り付けお願い」
「はい」
花江から受け取ったバットには鍋から引き揚げたばかりの揚げ物が置かれている。さつま芋、パプリカ、ししとう、かぼちゃ……それらを彩り良く美味しく見えるように皿に盛り付けてトレイにのせると、賑わうテーブルに近づいていく。
ディナーの接客は少しだけ苦手だ。いつもの落ち着いた雰囲気ではない賑やかな店内、普段以上の高い笑い声、アルコールの匂い……全てが馴染めなくて、最初の頃は泣きそうになったこともある。大分表情に出さなくなったものの苦手意識は未だ拭え切れず、接客態度もぎこちなくなる。
「失礼します」
いつも会話の邪魔をしないように、空いたスペースを見つけながら料理を置くのだが、これがなかなか難しい。会話が中断したタイミングで追加の注文が入るのは構わないが……
「店員さ~ん!
一緒に飲まな~い?」
左隣の男性に、料理を置いたタイミングで絡まれた。
「すいません、仕事中なので……」
「まあまあ、少しくらい良いじゃん。
さっきから忙しそうに動いてるから、ちょっと休憩。ね?」
「いえ……」
『まだお酒が飲めないので』と以前言ったなら、ジュースを注がれそうになり、それ以来『仕事中』という言葉で拒否している。声かけだけではなく、肩を組んできたり、コップを持たされたりと、人は酔うと何かとスキンシップが多くなる。
その場の雰囲気を壊さないように丁寧に断るにも精一杯の笑顔が必要で、精神的にも疲労が増していく。ひきつった笑顔にならないように気を付けながら、断りの言葉を口にしようとした途端、横から声が飛んできた。
「こら!勇太。仕事の邪魔しないの」
明るい口調ながらの叱責に歩が驚くと、斜め前の春海が歩に声を掛けた男性を睨み付けていた。その目が、少しとろんとしているのは、おそらく酔っているからだろう。勇太と呼ばれた茶髪の男性も既に顔が赤い。
「良いじゃないですか、春海さ~ん」
「駄目よ、あんたが触るとセクハラよ! 彼女にチクるわよ」
「ひで~!
それならオレも春海さんの彼氏にセクハラ受けてますって、言っちゃおう~」
「おおう! やってみな!」
酔っぱらい同士の掛け合いがいつしか笑いあっている事に戸惑いつつも、茶髪の男性の意識が逸れた隙に空いた皿をトレイにのせてテーブルを離れる。
……助けてくれたんだよね?
疑問系ながらも、春海に視線を向ける。
グラスを持つ春海の表情は笑っていて、既に歩から意識は離れているようだった。
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