第6話 隠れ家レストランHANA (1)
「はい、『HANA』です」
ランチ営業の終了間際に掛かってきた電話は、どうやらディナーの予約らしく、受話器を持つ花江の視線を受けて、エプロンのポケットに挟んであるボールペンを渡す。しばらくして電話を終えた後、メモを見返している花江が顔を上げた。
「今週金曜日の夜7時。10人で予約が入ったわ」
「了解。
10人ってことは、お酒も?」
「ええ、
いつものように持ち込みにしてもらったから」
花江曰く「料理に集中したいから」という理由で『HANA』では酒類は扱わない。それでも、ディナーで大人数の予約となれば、必然的にアルコールの提供が必要になってくる。その折衷案として人数分のソフトドリンク飲み放題を料理に付けた場合、アルコール類の持ち込み可というシステムを作り出した。空き瓶、空き缶は持ち帰ってもらうにせよ、これが予想以上に好評で、大人数の予約には必ずと言っていいほど申し込んでくる。
歩的には片付けの際のアルコールの匂いが苦手で遠慮してほしいのだが、世間の人たちはどうやら余程酒好きが多いらしい。以前、花江にアルコールの良さを訊ねると、「子供には分からないものよ」と笑われたのを覚えている。予約用のカレンダーに書き込む花江のペン先を何気なく見つめていると、名前欄に『おおかみファイターズ』と書かれている。
「花ちゃん、『おおかみファイターズ』って野球チーム?」
「え? 歩、知らないの?」
花江の呆れたような視線を受けて考えるも、スポーツ関係の知人はいないし、まず、この町に自分の知り合いすらいないのだ。
「地域起こしプロジェクトの名前でしょう。町報に載っていたじゃない」
「地域起こしプロジェクト、って、あの……?」
思わず、事務所のある中学校の方に視線を向けた歩に薄い冊子が差し出される。
「たまには自分の住んでる町の事くらい勉強しなさい」
からかうような口調に苦笑しながら手を伸ばして冊子を受けとるとどうやら町報だったらしい。『おおかみ』と書かれた表紙を捲ると、三ページ目に見覚えある中学校の建物を背景に、『名称決定!!』と書かれた記事が目に入った。一般公募で決定したらしく、名前の由来は『町の明るい未来に向かって挑戦するチームとなるべく、フレンドリー、フレッシュ、ファイトを込めた』事に起因すると書かれてあり、記事の最後にはメンバー全員が笑顔でガッツポーズをしている写真があった。
「……なんか、全然知らない人みたいだね」
「まぁ、ここで見る春海からは想像もつかないものね」
にこやかに笑う春海を見た感想を呟くと、花江が笑いながら同意する。普段とは違う笑顔に釘付けになりそうな視線を剥がして表紙を閉じた。
◇
夜の6時半と言えども、まだまだ暑さは健在で夕焼け空の外は明るい。ディナー営業用の『貸し切り』のプレートを提げてしばらく経った頃、駐車場に一台の車が停まった。
「花ちゃん、予約のお客さん来られたよ」
「了解」
車からビニール袋を両手に抱えて出てきた人を見て、入り口のドアを開けに行く。
「いらっしゃいませ」
「あ! すみません。
今日、予約していた……ええっと、おおかみファイターズです」
両手にレジ袋をかかえて入ってきた茶髪の男性が手に持っているレジ袋の中身は持ち込みのアルコールらしく、ずっしりと重そうな荷物に片方を引き取る。
「奥の方にクーラーボックスを置いてありますので、そこに入れますね。
車にまだ置いて有ります?」
「あと二つあるんで持ってきます」
もう一つのビニール袋を預り一旦テーブルに置くと、男性の後を追う。「持ちましょうか?」と声を掛けた歩に気がついた男性が「ども」とお礼を言いつつも、重い荷物を渡すことに気が引けたのか両手を離さないので、ドアを開けるだけに留めた。
「いらっしゃいませ」
「あ、えっと、今日はお願いします」
にこやかに挨拶をする花江に、慌てて頭を下げる男性はどうやら初めて訪れたらしい。クーラーボックスにビニール袋から次々と中身を移し変えた後、落ち着かなさそうに座っている。時間は6時45分、そろそろ他のお客さんも入るだろう。
カウンターに次々と置かれる料理を受け取り、何度もテーブルとの間を往復しているとドアベルが再び音を立てた。
「こんばんは~」
聞き慣れた声にざわり、と歩の心が落ち着かなくなった。
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