第8話 隠れ家レストランHANA (3)
準備した料理を提供し終え、下げた皿を洗いながら、聞こえてくる話題はいつしか仕事の事となったらしく、各々寛ぎながらも活発に意見を出し合っている。
「PRするためには、ありきたりな物じゃ駄目だよ。
ネットには星の数ほどご当地キャラが溢れてんだぜ。被り物をしたって誰も興味をひいてくれない」
「まぁ、そうだけど。
別に町のPRが目的じゃなくても、その結果が町のPRに繋がる場合もあるでしょう」
「例えば?」
「『この町に住んでて良かった』って町の人が思ってくれる事とか」
「そうね」
「そのためには何をするかだけど、例えば……」
どうやら、議題はこのおおかみ町のPRにも関する事らしく、茶髪の男性と向かい合わせに座っている女性のやり取りに皆が耳を傾ける。いつの間にか自分でも耳を澄ませていたのに気がつき、皿に意識を戻した。
ガチャン!!
洗っていた皿を滑らせて、派手な音が響く。沈黙の中、やけに響いた音に思わず一斉に向けられた視線を感じて顔を上げられない。咄嗟に、小声で謝ると頭を下げた。
「………すいません」
「歩、怪我はない?」
「あ、うん。
ごめんなさい……」
「歩ちゃーん、大丈夫?」
「!?」
突然投げ掛けられた春海の声にびくっ、と身をすくめて、顔を上げる。座敷の向こう、ひらひらと手を振る春海の姿と、その周りから向けられている視線に、かあっ、と顔が赤くなった。
「春海が呼ぶから困ってるじゃない。
ごめんなさいね~」
春海の隣に座っていた女性の一言でどっと笑いが起き、場の雰囲気が元に戻る。何事も無かったように話し出す集団にほっとして、落とした皿を再び手に取った。
◇
「ごちそうさまでした」
口々に投げ掛けられる言葉に「ありがとうございました」と返して見送る。あれからしばらくして終わった飲み会は二次会の打ち合わせに入ったらしい。がやがやと話していた声が次第に遠ざかっていった頃、ほっと息をついてカウンターに座った。
「疲れた……」
「お疲れさま」
団体客の時は、料理以外にも飲み物の注文や片付けなどとにかく忙しく、カウンターとテーブルを何往復もする。ふとした瞬間に春海を意識してしまう事もあり、いつも以上に疲労は濃い。
「花ちゃんの方が大変なのに……」
「歩だって大変だったでしょう」
一人で全ての調理をこなした花江が平然としているのを思うと、素直に労われにくい。くたりと寝そべりたいの我慢してカウンターに突っ伏すと、テーブルの冷たく硬い感触が心地よくて離れがたくなる。残りの食器を片付けなくてはと思うも、一度身体を休めると起き上がるのが億劫になる。
「歩、疲れたなら先に上がって良いわよ」
「ううん、大丈夫……
あと十秒数えたら片付けるから……」
花江ばかりに負担をかける訳にはいかない。既に片付けを始めているキッチンをぼんやり眺めながら心の中でカウントダウンを始めた途端、ドアベルが音を立てた。
「ちょっとごめんね」
「!?」
「あら、忘れ物?」
「そう。
バックにスマホ入れてたんだけど、さっき見たら無くてさ。
ああ、自分で探すから良いわよ」
がばっ、と起きた歩に笑いながら奥に進む春海がやがてテーブルの下から目的の物を見つけ出す。
「春海、二次会は?」
「何人かは行ったけど私は明日早いからって断ってきた」
「早いって、仕事か何かなの?」
「ううん、明日から三連休だし彼氏に会いに行くところ」
「それは失礼しました」
すぐ傍まで近づいてきた春海が花江と話し出した為、立ち上がるタイミングを失ってしまった。真後ろにいるらしい春海の匂いがふわりと歩の鼻に届き、一人身体を硬くする。じっと会話の終わりを待っているとようやく春海が半歩動いた気配があり、テーブルに残してあった皿を片付けるべくそそくさと立ち上がる。
「ねぇ、時間があるならコーヒー淹れるけど飲んでいかない?」
「マジ!? 飲みたい!」
「それならさ……」
背中から聞こえる花江の声にどこか笑いが含まれているのに気がついて振り向くと、何故か笑っている花江と目が合った。
「コーヒー淹れる間だけでいいから、歩の片付けを手伝ってくれない?」
「はあ!?」
「は、花ちゃん! 私、一人で大丈夫だよ!?」
「歩が疲れてるみたいなの。
だから、お願い」
「あのっ、本当に大丈夫ですからっ!」
「……ったく、その言い方はズルいわよ。
ここで断ったなら、私が鬼みたいじゃない」
春海にそんな事をさせるわけにはいかない、と慌てて首を横に振るも、バックをカウンターに置いたまま、春海がテーブルに向かってくる。断ろうとおろおろする歩に構うことなくテーブルの皿を次々重ねていく。
「あの、本当にしなくて良いですから……すいません」
花江に聞かれぬよう小声で呼び掛けると、春海が花江に背を向けて身体を寄せてきた。服越しに少しだけ触れた肩に自分以外の体温を感じて心臓が跳ねる。
「良いのよ。別に本気で嫌だなんて思ってないから。
たまにはおねーさんに甘えなさい」
イタズラ顔で囁かれた言葉に何と言えば良いのか分からなくて、困ってしまう。皿が積み上げられたトレイを運ぶ春海に、慌ててカウンター奥のシンクに回った。
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