第28話 解放

 鎮守の森は守り切った。

 皆肩から力が抜け、危機を脱したことに安堵あんどした。

 しゃがみ込んでいた天記に岳斗が手を差し伸べ、天記はその手をがっちりとつかんで、勢いよく立ち上がった。


 「天記さん、カッコ良かったですよ」


 「まあね、俺、一応龍神の子だから」


 そうして、笑いながらお互いの肩を抱き合い、背中をバシバシ叩き合った。


 「ナギの子よ」


 二人がふざけていると、鎮守が天記に声をかけ、手招きした。

 天記が目の前まで行くと、鎮守が胸からぶら下げているネックレスを見て言った。


 「光らない。ナギの子、やはりお前ではないようだ」


 鎮守は悟ったように視線を移し、次の瞬間、森から足を踏み出し、真っ直ぐ希々のいる方向へ歩き出した。

 鎮守となってから、一度たりとも森の外へは出たことがなかった。出れば二度と森の中に入ることは出来ない。それは、鎮守としての使命を果たせなくなるということだ。

 鎮守は、スタスタと希々の目の前まで歩いていった。

 そうして近づいた瞬間、ネックレスの先に付いた石が白く光り出した。


 「やはり、そうだったか」


 鎮守は希々の顔を見ると、瞳を潤ませた。


 「ナギの娘よ。お前の体の何処かに星型の印があるはずだ」


 星形の印とは、マナが死んだ時、鳳凰ほうおうが与えたあの生まれ変わりの印のことか。

 皆、以前紫龍から聞いた話を思い出していた。

 マナの生まれ変わりは真記である。

 その証拠に、手の甲に小さな星形のアザがある。それは岳斗も天記も確認している。マナの生まれ変わりは希々ではないはずだ。

 しかし、希々の答えは意外なものだった。


 「あるわ、ここに」




 体育館に真記を避難させていた時のことだった。

 一緒に座っていると、ふと真記の手の甲にある星形のアザが気になって聞いた。


 「このアザって、ママが生まれた時からあったのよね」


 「そうよ。でも遺伝って怖いわね。希々、あなたにも同じようなアザがあるのよ。気付いてる?ほらここ、ちょうど首の後ろのあたり。自分では見えないと思うけど」


 真記が持っていたスマホで写真を撮り、見せてくれたそれは、真記の手の甲のアザとそっくりなものだった。




 長い髪に隠れて見えなかったそれを、希々は髪を束ねて鎮守に見せた。

 鎮守は涙を流した。


 「そうか、そう言うことじゃったか」


 紫龍が何かを思い出したように言った。


 「希々、お前も鳳凰に祝福され、よみがえりを約束された者の一人じゃった。まさか、お前があの子だったとは」


 それは、ナギが潤いの種を初めて手渡したあの少女。

 死んでしまった少女の元へ鳳凰が舞い降り、魂を受け入れ、マナと同じようによみがえりの印を受けた者。

 あの少女は、まさしく希々だった。


 「ナギ様がこう言っておられた。いつか、お前の元へ星の印を持った者が現れる。私の子がそれを知らせに来る。そして、その者がお前を解放すると」


 鎮守は二千年もの間ずっと、この森と怨鬼の腕を鎮めてきた。ナギがいなくなった今、力も弱くなりそろそろ限界を迎えていた。

 そして何より、死に別れた家族の元へきたいと言った。覚えていてくれるかはわからないが、家族の魂と向き合い謝りたいと。


 「それから……、あの時は本当にすまなかった。謝って済むことではないと知っている。しかし、今、心からこう言えることを、私は嬉しく思っている。まさか、あなた自身が私を解放してくれようとは」


 あふれる涙は止まらなかった。

 鎮守は希々の前にひざまづき、両手を合わせて希々を見上げた。


 「現」


 希々が手のひらに縛命刃を出した。 


 「私にその時の記憶は一切ないわ。でも、ずっと心の奥底で何か怒りのようなものを感じ続けてきたの。それはきっとこのせいだったのね。でも、それも今日でおしまい」


 そう言って、希々は自分の右手の薬指の先をちょっと切ると、その赤い血を鎮守の口の中に流し込んだ。そして、鎮守の額に手を当て言った。


 「汝の命を我から解放し 今この時より汝の死を受け入れよう この先何があってもこの世によみがえることはない 永遠に眠るがいい」


 誰に教えられたわけでもない言葉が、まるで遺伝子にでも刻まれていたかのように、希々の口からスラスラと流れ出た。

 希々自身も驚いた様子だったが、それも当然のことのように受け入れたのだった。

 鎮守はゆっくりと目を閉じ、そのままキラキラとした光に包まれながら消えていった。

 後には、首から下げていたネックレスだけが残った。



              つづく

 


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