第27話 戦闘

 「そうか、腕を渡す気がないのなら、力づくで奪うしかあるまいな」


 怨鬼がそう言うや否や、動かないでいたカラス達が、一羽また一羽と生と死の間に吸い込まれるように入っていった。

 後に続いてたくさんのカラスが、黒い雲の中に飲み込まれていく。

 そこにいたカラスのほとんどが、その中に入ったのではないかと思われた次の瞬間、突然強い風が吹き雲が流れた。

 雲の中から出てきたのは、これでもかというくらい巨大なカラスの化け物だった。


 「デカくすれば良いってもんじゃないだろう?」


 それは、岳斗の憎まれ口もなんとなく頼りなく思えるほどの巨大さで、とても恐ろしい姿をしていた。

 目は真っ赤に染まり、口ばしは異様に大きく、羽は不揃いであった。

 バサバサと翼を動かすたびに強風が吹いて、皆立っているのがやっとだった。

 そうしているうち、巨大なカラスは生と死の間から飛び立って勢いよく舞い上がり、校庭の上を旋回し始めた。

 何かを狙うように、ずっと同じ方向を見ている。

 以前の、あの剣道大会の時と同じ状況だ。

 狙いは天記。

 頼みの綱であった康太はいなくなり、鎮守の森に入ることができなくなってしまった怨鬼は、天記を殺す他に鎮守の結界を破る方法はない、と考えたのであろう。

 巨大なカラスの標的が何なのか、そこにいる誰もが気付いて、皆一斉に天記を見た。

 すでに、天記は戦闘態勢だった。

 瞳の色は銀に近い青に変わり、体は一回り大きくなっていた。上を見上げて態勢を低くし、聖水の剣を構え、いつでも来いというように、巨大なカラスをにらみつけていた。

 しばらく旋回していたかと思うと、カラスは一度上空に高く登り、勢いをつけて急降下してきた。

 一度目は、天記がギリギリのところで避け、カラスも地面すれすれで急上昇していった。それからまた旋回し、次に急降下してくると、その口ばしを大きく開いて、どんどん近いてくる。

 天記は、迫ってきた口ばしを剣で払ってかわし、ジャンプしてカラスの上に飛び乗った。

 そのまま上昇するカラスの背中で、天記は聖水の剣を逆手にもち、両手で構えると力一杯突き刺した。

 しかし、カラスはそれ自体が小さなカラスの集合体で、突き刺した部分がちりじりに飛んでいき、また集合して元に戻った。

 何度刺しても同じだった。

 生と死の間から、まるで勝ち誇ったようにその様子を眺めたいた怨鬼の笑い声が響いてきた。

 地上から、その様子を見ていた岳斗が声をかけた。


 「天記!それじゃどうしようもない。そこから降りて!」


 天記は、カラスの背中から飛び降りた。まるで重力などないみたいに、軽く地面に降り立つと、上を見上げて腰を落とし、剣を逆手に持って構え、意識を剣だけに集中させた。

 一羽一羽のカラスを切るのではない。カラス自体は怨鬼に操られているにすぎない。

 目を閉じて、カラスと怨鬼の『つながり』だけを心に思った。それを断ち切ればいいだけだ。

 集中し念じた時、剣が応えた。それまでキラキラと銀色に光っていた刀身が、燃えるように赤く光り出したのだ。

 天記もそのパワーを感じた。

 パッと目を開くと、巨大なカラスの体は目の前まで迫っていた。天記は、下から上に向かって、聖水の剣を思い切り振り抜いた。

 それと同時にカラス達はバラバラと単体になり、地面へとボタボタ落ちていった。

 怨鬼とのつながりは断ち切られた。

 チッと、怨鬼の舌打ちが聞こえた。


 「龍神の子、少しは強くなったようだ。だが、次はこうはいくまい。この体では、まだこの場所から出ることはできんが、いつか必ず、私が自ら相手をする時が来るだろう。それまで待っていろ」


 そう言うと、今まで覆っていた黒い雲はどんどん薄くなり、怨鬼の姿もろとも消えていった。




 天記は、あまりの興奮で元の姿に戻ることを忘れてしまった。グルグルと獣のようなうなり声を上げながら、あちこちを眼光鋭く見回している。

 そして、なぜか竜之介を見つけると、剣を構えてゆっくりと近づいていった。


 「なんでだよー!なんでいっつも俺なの?天記、目ぇ覚まして!」


 竜之介が必死に懇願しながら後退りしていると、岳斗が半笑いで、天記の後ろから両肩をポンッと叩いた。


 「天記さん、おしまい」


 すると、肩から力が抜け、フーッと息を吐いて元の姿に戻った。天記は、地面にストンッとしゃがみ込んで下から竜之介の顔を見上げると、


 「ごめん。」


と、小さくつぶやいた。



              つづく



 




 


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