第26話 悪霊

 明らかに、康太が発しているのではない。口が動いている様子もなかった。

 すると、希々もそれに気付いた様子で、何やら自分の持ってきた肩掛けカバンの中から、丸いものを出してきた。


 「お兄ちゃん、これ。真実の鏡よ。夢で見たの、予知夢ってやつ?」


 「おい、これって!」


 岳斗が思わず声を上げた。それは、支水神社の境内にまつられている物。


 「そ、御神鏡ごしんきょう。こんな近くにあったなんてね。あちこち探さなくてよかったわ。この御神鏡、二枚重なってるの。一枚づつ持って、見るものを挟んで合わせ鏡にするのよ。そうすれば挟まれたものは動けなくなる」


 岳斗が一枚を受け取り、天記と一緒に康太を挟んで、ゆっくりと鏡の面を合わせていくと、康太は全く身動きが取れなくなってしまった。


 「お兄ちゃん、鏡を見て!」


 天記が鏡をのぞき込んでみると、映っていたのは、今、目の前にいる康太の姿とは違う、もう一人の人物だった。まるで鏡の中に閉じ込められているかのように、ガラス面を必死に叩いて訴えていた。


 「助けて!ここから出して!」


 竜之介も横から覗き込んで「お前、優太の方?」と、聞いた。

 鏡の中の人物は、首が折れるのではないかと思うほど、何度も大きくうなずいた。


 「お願い、ここから出して。この体を動かしているのは康太の方なんだ。自分の体を取り戻したい。助けて」


 一方、岳斗が持っている方の鏡には康太が写っていた。本当の康太だ。その顔の右ほおには大きなアザがあった。

 紫龍がスーッと飛んできて、優太の方に話しかけた。


 「お前は、双子の片割れに操られていたというわけか。一つの体に二つの魂が入っておった。片方の魂はすでに悪霊じゃ。この体から引きはがさにゃならん。赤龍!」


 紫龍が赤龍を呼ぶと、まるで分かっていたというように、赤龍は自身の体を輪のように丸く形作ると、その空間をねじ曲げて神武館の道場とつなげた。

 赤龍の力の一つで、手を触れずに物を動かすだけではなく、空間をねじ曲げて自由に行き来することができる。

 赤龍は道場の壁から天記の木刀を取り、再び空間のねじれを元に戻した。

 天記が鏡を竜之介に手渡し、赤龍から木刀を受け取ると、木刀はそれ自身が悟ったようにキラキラと光りだし、姿を変えた。

 『聖水の剣』だ。

 それは、邪悪なものを引きはがす剣。

 すでに動けなくなっている相手に、剣を振り下ろすのは本意ではなかったが、天記は剣を構え、上段から斜めに振り下ろした。

 全く生身の人間を斬るような感覚はない。そもそも肉体斬るための剣ではないから、体を傷つけることはない。

 しかし、斬った瞬間康太の体、いや優太の体はその場に崩れ落ちた。

 そして、その口から黒くモヤモヤとしたものが抜け出た。

 優太の体から、もはや悪霊となった康太の魂は、あっけなく切り離されたのだった。

 行き場を失った悪霊の魂は、宿主を見つけることもできず、空間をモヤモヤと漂った挙句、断末魔の叫び声をあげながら消滅していった。


 「とても神のいる場所にはたどり着けないでしょうね。あれだけ大勢の犠牲者を出したんだもの」


 どこからともなく、チシャが現れてそう言った。

 もとより、首から下げているその慈愛の鈴で、魂を浄化してやることもできたであろう。しかし、チシャにその気は全くないようだった。

 康太の魂は、永遠に地の底をさまようことになる。この世の言い方では、それは地獄ということだ。

 仕方がないこととはいえ、岳斗も天記も竜之介も希々も、やるせない気持ちでいっぱいだった。

 康太には自責の念も、後悔すらなかった。

 同じ魂で生まれ変わることは、二度と無いだろうと、そこにいる全員が思っていた。

 取り残された優太は、その場で気を失っている様子だったが、やはりそこは普通の人間だった。紫龍の術によって、他の人間と同じように全く動かない。

 それを見て、岳斗も天記もなんとなくホッとしたのだが、そんなことを考えている場合ではなかった。


 「役立たずな奴め」


 頭上から、低く、くぐもった声が響いてきた。

 全員が上を見上げると、いつの間にか空は闇に覆われて暗さを増し、空はまるで黒いカーテンでも引いたように見えた。

 そのカーテンの奥の方から、声は聞こえてきた。


 「久しぶりだな、龍神の子よ。以前よりは少し力をつけたように見えるが……。まあいい、とりあえず鎮守の森は現れた。それで十分だ。お前と戦うこともあるまい。おい鎮守よ、ここにいる者達を傷つけたくなければ私の腕を返せ」

 

 よく目を凝らすと、モヤモヤとした雲のカーテンの奥に、人影がうっすら見えてきた。

 それから、少しづつ怨鬼の姿がはっきりと見えてきた。

 皆、そこばかりに気を取られていて、いつの間にか、周りがどんどん黒いものに覆われていくことに気付いていなかった。

 カラスだ。

 カアカアと、うるさいくらいの鳴き声が聞こえる。

 見ると、校舎の屋上、体育館の屋根、校庭の木々、至る所にカラスが留まり、たくさんの目でこちらを見ていた。


 「さあて、潤いの種と私の腕を返せ。渡せば今日はひとまずここから去ってやろう」


 「渡すわけないだろう。そんなことさせるかよ!」


 岳斗が強気なことを言っては見たものの、このままだと確実にこのカラスの大群に自分たちは襲われる。


 「紫龍、あのカラス達の動きを止めて」


 天記がそう言ったが、以前試合会場に現れたカラスは、康太が操っていたので動きを止めることができたが、


 「このカラスは怨鬼自身が操っておる。力があまりにも強すぎて、わしにはどうにもできん」


と、紫龍もお手上げ状態だった。

 竜之介がゴクリと唾を飲み込んだ。


 「いったいどうすれば良いのさ」



              つづく

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