第25話 筋書き
怨鬼の居場所はそこだけだった。
『生と死の
この世でもあの世でもない。この世に生のあった者だけが、死の間際、あの世に行く前に通り過ぎる場所。
カラスは種をくわえて、生と死の間へ飛んできた。
怨鬼はモヤモヤとした黒い塊の中にいた。
まるでソファにでも座るように、その塊にもたれかかっていた。
魂の封印が解けた後、全国に飛び散っていた自身の肉体を、少しづつ見つけ出した。
取り戻したその姿は、まだまだ完全ではなく、体の所々が実体化してはいたが大部分が半透明に見えた。
実体化している部分もつぎはぎだらけで、とても見られたものではなかった。
もちろん右腕はない。
怨鬼が左の手の平を広げると、肩に止まったカラスが口からポトリと種を落とした。
「ほほう、良いものを見つけてきた。これは使える、よくやった」
怨鬼はその種を足元に置くと、何やら呪文を唱えた。
種から芽が出、茎が伸び、つぼみが膨らみ花が咲いた。赤紫色のその花は最後に黒くなり枯れて実がなり、種を幾つも落とした。
「怒りの種だ。その上何やら他にも付いてきた」
怨鬼はケラケラと笑った。
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康太の葬式の日、寺の庭で優太は赤紫色の花を見つけた。
あまり気味の良い花ではないのに、何故か触れなければいけないと思った。
そうして触れた瞬間、世界が百八十度変わってしまったのだ。
優太の体は、康太の魂に乗っ取られた。
花には康太の魂が宿っていた。優太を引き寄せ、その体を奪うために、花に魂を宿し待ち構えていた。
優太の体は快適だった。顔にあった大きなアザを気にする必要も無い。この体で、この顔で、康太は人生を好きなように生きてゆこうと思った。
そして二度目の人生を与えてくれた怨鬼に感謝し、一生涯尽くそうとも思った。
弟の魂を体の奥底にしまって、自由な人生を送り始めた康太に、周りの人間は誰も気づかなかった。
成績もぐんぐん上がり、どんどん人前に出る。
誰もが、兄の死に奮起した弟が必死に勉強し、努力し、兄の分まで生きようとしているのだと思った。
全てが康太の思うがままだった。
時々、怨鬼が目の前に現れて頼み事をした。中学に入って、岳斗と天記の仲に割って入ろうとしたのも怨鬼の指示だった。
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「僕は、康太。優太はこの体の中の奥底にいて、出てくることはできない。そのうち、怨鬼様が消滅させてやるって約束してくれた。時々、頭の中で優太の声が聞こえてうるさいんだ。あいつは昔から邪魔な存在だった。僕は一人でも完璧な人間だ。顔のアザを除いてはね。勉強だって、運動だってあいつは何一つ僕に敵うところなんてなかった。いつもイジイジして暗くて、たまに僕がいじめられたりするのを、親切ぶって助けようとしたりするのもウザかった。そんなやつに殺されたなんて、何よりも許せないことだったし、そもそも死んでやる気なんて全くなかったけどね」
そう言って、ケタケタ笑う優太の姿をした康太に、皆寒気がした。
「狂ってる」
竜之介がつぶやいた。
双子として生まれてきたのに、お互いを怨み続けてきたなんて。その上お互いの存在を消そうとしている。岳斗も天記も全く理解できなかった。
「しかし、岳斗は全く僕の方になびいてくれなかったね。どうにもならなくて、最後の手段まで使ったのに、怒りの種の呪いまで解いちゃうなんてさ。いつ天記のことを殺してくれるんだろうって、ずっと待ってたのに」
岳斗は両手をグッと握りしめた。怒りの種の怒りなんかより、ずっと怒っていた。はらわたが煮え繰り返るって意味が、解った気がした。
「お前、人間じゃないよ!こんなひどいことするなんて。お前が怒りの種をあちこちにまいたんだろ?そのせいで、どれだけの人が犠牲になったと思ってるんだよ!」
興奮して、今にもつかみかかりそうな勢いの岳斗を、天記は後ろから抑えて言った。
「いったい何がしたいのさ。怨鬼に何を命令されてんの?鎮守の森をここへ呼び寄せたところで、学校には結界が張ってある。怨鬼は入ってこられない」
守りは万全だと言いたかったが、康太が足元にほおり投げたものを見て、天記の表情は凍りついた。
「これのことかな?」
それは、岳斗と天記が学校の敷地の四方に立てた、結界を張るたの梛の木の小枝。それが抜き取られて、天記の足元に転がっていた。
「もうすぐ怨鬼様がやってくる。そうしたら、その森から腕を取り返すって言ってた。右腕があればもっと自由に動けるって」
結界がなければ、怨鬼は容易にこのグラウンドへ入ってきてしまうだろう。防ぐ方法はない。
皆が一様に焦りを感じていた時、後ろから声が聞こえてきた。
振り向くと、鎮守の森の入り口の鳥居の下に小さな男の子が立っていた。
鎮守だ。
「この森には入って来られない。ここにはナギ様が張った結界がある。そこの小坊主のかけた頼りない呪文の結界などではないぞ。怨鬼は絶対に入って来られない」
堂々と言い張るその少年は、容姿こそ幼いものの、長い歳月を生きてきた長老そのものであった。
「そーよ!怨鬼だろうがなんだろうが、ここへは入れないんだからね!」
希々が鎮守の前に仁王立ちになり、両手を腰に当てて自信満々に言った。
いったいどんな自信なのか、と天記も岳斗も思った。
しかし、希々には確信があった。それは預言者としてなのか、勝手な思い込みなのか、それともただ単に気が強いだけなのか。
それでも、そこにいる誰もが、希々の堂々とした態度を頼もしく思ったのだった。
「けど、どうだろう。怨鬼様じゃなければその森に入ることは可能だろう?要するに僕が入れば良いわけだ」
そう言うと、康太は真っ直ぐに鳥居の方向へ歩き出した。もちろん、岳斗や天記が止めに入った。
「通すわけにはいかない。悪いけど、無理に通ろうとするならこっちも力ずくで……」
言っている途中で、岳斗は何かに気づいた。
雨が降っているわけでもないのに、あたりが急に暗くなり、周りの空気がひどく重くなった。
天記も気付いていた。
そして、岳斗の方を向いた時、岳斗は上を見上げて険しい顔をしていた。
ゆっくりと、天記も同じ方向を見る。
それは、以前にも見たことのあるものだった。黒い雲のような、しかし、それ自体にまるで意志があるかのようにうねうねと動き、どんどん大きくなり、空一面を覆っていった。
「怨鬼だ。生と死の間」
竜之介が震え上がった。
以前、あの雲の中に連れ込まれて、危うく死の世界へと導かれるところであった。時々、あまりの恐ろしさにトラウマの如く夢に見る。
「おいおい、またかよ。もう二度とあそこにはいくもんか」
そんなふうにつぶやきながら、なぜか竜之介は希々の後ろに隠れた。
皆が空を見上げている隙を見て、康太が岳斗と天記の横を通り過ぎようとした。天記が気付いて康太の腕を掴んだ時、
「助けて……」
と、小さな声が聞こえてきた。
つづく
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