第24話 正体
水谷だ。
岳斗、天記、竜之介、希々がグラウンドの中心に鎮座している森の前に集まった。
水谷が、ゆっくりと歩いてくる。
そうして、四人の目の前まで来て立ち止まると、水谷は片方の口角を上げてニヤリと笑った。
「本当だったんだ。種をまいて花が咲くと、隠された森が現れるって」
やはり水谷は怨鬼に操られているのかと、誰もがそう思った時、水谷が語り出した。
「そうだね、そろそろ教えてあげるよ。僕はあの方に助けられたんだ。あの方がいなければ、こうして怨みを晴らすことはできなかった」
「あの方って怨鬼の事だろ?」
岳斗が聞くと、水谷はその通りだと言うように、クククッと笑った。
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水谷は三人兄弟で、優太自身は一卵性の双子だった。
双子の兄、康太には生まれつき右の頬に大きなアザがあった。日頃からそのアザのせいでよく、からかわれたり、いじめられたりしていた。
しかし、康太はそんなことに屈するような性格ではなかった。
いつも強気で自信家で、窮地に立たされるとかえってやる気を出す。
人一倍努力をし、勉強でも運動でも一番になった。
母親は、そんな息子の姿を誇らしく思っていたが、一方で
そして、どんな時も明るく一生懸命な康太を心から愛してもいた。
双子の弟優太は、そんな兄の姿にいつも引け目を感じていた。
勉強も運動もさほど得意ではない。
だからといって、努力して兄に追いつこうとか、追い越そうとかと言う気持ちもない。そうしたところで、顔に大きなアザと言うハンデを持つ兄より優位に立つということに、なんの意味もないとわかっていたからだ。
いつも自分のことは後回しにされ、親に愛されているかどうかさえもわからない。複雑な感情を、常に持て余す毎日を過ごしていた。
優太は、表向きは仲の良い兄弟を演じてた。
だが本音は、アザと言う不幸を逆手にとって、同情をかっているような康太の態度が、鼻について仕方がなかった。
ある日、母親が双子の兄弟に服を買ってきた。
色違いの服で、いつも康太は緑を選び、優太は青を選ぶ。しかし、その日に限って康太も青を選んだ。
二人はお互いに譲らず、言い合いになり、最後に康太がトドメとも言える台詞を言った。
「お前の顔にはアザもないし、どんな色でも似合うだろ」
そう言われると、それ以上反論できない優太は、大人しく引き下がることしかできなかった。
小学六年生の五月。
母親の作った弁当を持って、家族で近くの大きな公園へ歩いて出かけた。そこで、小さな弟を遊ばせてやるつもりだった。
住宅街の交差点を、小さな弟の手を引いていた両親が渡り切ろうとしていた。
その後ろを歩き、双子の兄弟が横断歩道の手前まで来た時、康太が自分の靴ひもが解けていることに気づいてしゃがみ込んだ。
優太は、左から車が来るのを見て車道の手前で止まり、康太が靴ひもを縛り直しているのをじっと見ていた。
靴ひもを直し、康太が立ち上がろうとしたその時、優太は今しかないと思った。
積もり積もった胸のおくの感情を、抑えることはもはや無理だった。
優太は康太の背中を、思い切り押した。
生垣の陰で、車から二人の姿は見えなかったであろう。急に飛び出してきた少年に対して、反応することは出来なかった。
急ブレーキの音と共に、大きな打突音が響いた。
両親が後ろを振り返った時、跳ね飛ばされた康太は、生垣の根元に上半身が隠れている状態だった。
手足があらぬ方向を向いている。
生垣からは大量に血が流れ出ていた。
薄れていく意識の中で、康太は優太の仕打ちに、深く強い怨みを抱いた。
窮地に立たされると、かえってやる気が出る。
康太は『生』を諦める気はさらさらなかった。
植え込みの根元の土を、動く方の手でこれでもかと言うくらい強く握った。
手の中には、植物の種が入っていた。
優太は、自分のしたことを隠すしかなかった。震える手を抑え必死に平静を装った。
康太が救急車で運ばれ、病院で亡くなったことを知ると、これで自分が背中を押した事実を知る者はいなくなったと、内心ホッとしたのだった。
握っていたあの種には、康太の血がベッタリとついていた。植え込みに残された種を、カラスが見つけてくわえていった。
つづく
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