第23話 体育祭

 学校に着くと、そこには異様な光景が広がっていた。

 校舎の屋上にも、体育館の屋根にも無数のカラスが止まっていた。

 それは希々の予知を示唆するような、これから何が起こるのかと、不安に駆られる光景だった。

 天記は学校の敷地の四方で、切り取ってきた梛木の木の小枝にフーッと息を吹きかけると、それを地面に刺して結界を張った。

 天記の結界は怨鬼を防ぐためだけのもので、他の者には通用しないが、ひとまずこれで、怨鬼だけはこの場所へ入っては来られない。

 準備はできた。

 あまりにも急な展開で、気持ちの余裕はなかったが、取りあえず、今できる最大限のことはしたつもりだった。




 小学校の運動会とは違い、観覧する保護者の数もそう多くはないようだが、少しづつ場所取りをする人たちが校内に入ってきた。

 始まりは九時。

 開会式のため、生徒全員が入場門の前に整列した。

 入場行進が始まり、トラックをゆっくりと歩いていく。

 ちょうど直線コースの真ん中あたりを歩いていると、保護者席から真記やルミの声が聞こえてきた。

 希々とミミ、それに竜之介の家族の姿も見える。


「岳斗〜!天記ちゃ〜ん、竜く〜ん!」


 ノリの良い真記とルミはイベント事が大好きだ。二人とも張り切って弁当の支度をし、我が子の活躍を楽しみにやってきた。

 かなり盛り上がって、身を乗り出しながら手を振っている母親たちに、岳斗も天記も多少照れ臭そうにしていたが、なぜか竜之介だけは嬉しそうに手を振りかえしていた。

 竜之介はよく言うのだ。


 「天記のお母さんって美人だよなぁ。若いしさ、うちのママとは大違いだ。ホント、少しは気にして欲しいよ」


 そうぼやくのには理由がある。

 三人の母親が並んで座っていても、確かに竜之介の母親の大きさは、真記の倍以上はありそうだった。

 しかし、いつもニコニコしていて朗らかだ。何も気にならないタイプのようで、三人の息子達に右手で手を振りながらも、左手ではお菓子を持ってほお張っていた。

 そんな保護者の席の中に、水谷の家族の姿もあった。目の前を行進していく水谷に、小さい弟が一生懸命に手を振っている。母親も父親も笑顔でそれを見ていた。




 開会式が始まって、校長や来賓の挨拶が一通り終わると、選手宣誓に剣道部のキャプテンである塚本が出てきて、姿勢正しく右手を上げて立った。

 朝礼台の向こう側でカメラを構え、職員や保護者がその勇姿を捉えようと、しきりにシャッターを切っている。

 何事もなく開会式が終わりそうだと思われたちょうどその時、シャッターを切っていた保護者の間からキラリと光るものが見えた。


 フラッシュかと思われたその光は、急に幾つもに増え出して、すぐにグラウンドいっぱいに広がった。よく見ると、それは上から降ってきていた。

 岳斗も天記も竜之介も何事かと上を見上げると、無数のカラス達がくわえている小さな粒を、地上に落としているのが見えた。

 落ちてきたそれは、グラウンドの土に着地すると勢いよく芽を出し、茎を伸ばし、葉をつけ、つぼみになり、一瞬のうちに赤紫色の花を咲かせた。

 岳斗がそれと気づいて、大声を出した。


 「ダメだ!皆その花に触るな!」


 しかし、そう言うよりも先に手を出す者のほうがはるかに多かった。

 グラウンドにいる生徒や、近くにいた保護者達が次々とその花に触れてゆく。

 途端に、そこいらじゅうで争いが起こった。

 いつもは仲の良い人間同士が、つかみあい、怒鳴り合い、辺りはまるで戦場のような光景になった。


 岳斗はもちろんその花の存在を知っていたし、竜之介も話に聞いていたおかげで触れずに済んだ。

 天記はというと、近くで争っていたクラスメイトを止めようとして間に割って入ったのだが、運悪く跳ね返され尻餅をついた瞬間、その花に触れてしまった。

 マズイと思ったが、天記が触れたその花は、一瞬で弾けるように消えてしまった。 


 赤紫色の花は、天記にはなんの影響も及さなかった。

 こんな時天記は、やはり自分は他の人間とは違うと実感するのだった。そしてその後、確信を持って周りの人間を助けるため動き出した。

 力強く歩きながら、天記は花を蹴散らしていった。 


「みんなこの花に触れるな!避けて歩いて、体育館に避難するんだ!」


 つかみ合う者を引き離し、倒れ込む女子を助け起こしながら、グラウンド中の花を踏みつけてゆく。

 岳斗と竜之介が天記の指示に従って、体育館へと皆を誘導した。


 誰かが、学校の外へ出ようと校門の方へ走って行った時、思い鉄柵の扉が突然動き出し、大きな音を立てて閉まった。

 そこにいる誰もが、学校の外へは出してなどやるものかと、無言のメッセージを聞いたような気がした。


 天記は、もうこのままにはしておけないと思った。

 その場の時を止めるため、紫龍を呼び出そうとした。その瞬間、グラウンドにザーッと突風が吹き砂煙が舞った。

 天記も、他の誰もが砂煙に目を覆い、それから風が止んだのを感じて、ゆっくり目を開けた。

 天記の視線の先にはこんもりと、まるで大きなブロッコリーのような森があった。


 鎮守の森が現れた。

 希々の予知した通りになった。

 鎮守の森はグラウンドにすっぽりと収まるような大きさで、木々には緑が生い茂り、吹いたり止んだりを繰り返す風にザワザワと揺れていた。

 怨鬼の腕が数多くの怒りの感情に引き付けられて、とうとう森ごと姿を現した。

 鳥居の前、階段のすぐ真下で真記がひどく驚いた様子で森を見上げていた。

 ルミや希々とは逸れてしまったのだろう、天記が気づいて真記の元へ走った。


 「母さん、体育館まで逃げて。早く!」


 真記は天記を見て、森を見た以上に驚き目を見開いた。

 いつも頼りなげな息子が、こんなに堂々と、落ち着いてこの状況に対処しようとしている。あまりのことに一瞬動きが止まったが、すぐに真記は天記の手を引っ張って言った。


 「天記、あなたもよ!早く逃げよう!」


 しかし、天記は力一杯引っ張る真記の力にびくともしなかった。

 息子はこんなにも男らしかったかと、真記は不審にさえ思った。


 「母さん、先に逃げて。俺なら大丈夫、普通の子とは違うから」


 何を言っているのか、真記にはさっぱりわからなかった。

 その後すぐに希々が見つけに来て、そのまま体育館へ連れて行かれる時も、不思議そうに天記を見つめていた。




 さっきまで吹いていた風が収まった。

 今しかないと思った天記は紫龍を呼び出し、時を止めるよう命令した。

 まばゆいばかりの閃光せんこうが、学校全体を包み込み、一瞬で皆動かなくなった。

 岳斗、天記、竜之介、希々を除いて、学校にいるすべての人間が、人形のように動かなくなっているはずだった。

しかし、半分は予想できていたが、もう一人動ける人間がいた。



              つづく





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