第22話 水の神
十月。
中学校では、体育祭を前に競技やその他のレクレーションなど、岳斗も天記もたくさんの準備に追われていた。
そして、本番を明日に控えた土曜日の朝。
明け方から降っていた雨を、岳斗と天記は恨めしそうに見つめていた。
岳斗の部屋から空を見ると、厚い雲しか見えない。
「天記さん。予報通りだと明日も雨なんですよ。体育祭です。わかってます?俺がどんだけ楽しみにしていたか!」
知っている。
時々脳みそまで筋肉なんじゃなかと思うほど、体を動かすことの好きなこの男は、幼稚園の頃から『運動会』というワードで、異常なほど盛り上がってしまうのだ。
「そんなこと言われても、天気のことは仕方ないじゃないか」
「だって、本当は先週のはずだったんですよ。それが台風で延期になったっていうのに、今週もまた雨なんてありえない!」
確かに今週できなければ中止になってしまう。
天記自身も体育祭は好きだ。中学に入って初めての体育祭だし、やりたいに決まってる。
二人でしばらく止まない雨をじっと見ていると、岳斗がとうとう胸に秘めていたことを口にした。
「天記さん、お願い!雨止ませて、明日天気にしてください!」
岳斗は両手を合わせて、まるで拝むように天記の足元にひざまづき、上目遣いに見ている。
「そんなの無理だよぉ。今の俺の力じゃせいぜいこの辺りの天気しか変えられない。他が雨なのに、ここだけ晴れてるなんておかしいだろ」
「じゃ、せめて曇り。体育祭が終わるまでの間だけでいいからさ。ね、お願いします。神様!」
天記は岳斗の必死さに多少呆れながら、それでもちょっとはどうにかしてやりたいと、御意見番である紫龍の方をチラリと見た。
紫龍と赤龍は、天記の部屋の中をフワフワ漂いながら自由に過ごしていたが、二人のやりとりも耳に入れていた。
紫龍が、天記の視線に気づいて二人の目の前までやってくると
「曇りぐらいにしてやったらどうじゃ」
と、いつもなら言わないような、寛容な答えを出してくれた。
「いいの?」
「以前のお前なら、小さな雲ひとつ動かすのも一苦労じゃっただろうが、今の力ならこの地区を曇りにするくらいには成長しているはずじゃ。腕試しのつもりで力を使ってもいいじゃろう」
しかし、あまり大袈裟に力を使うと怨鬼を呼び寄せることになりはしないか、と赤龍が心配するものだから、体育祭の間だけ学校に結界を張ることにした。
紫龍が、ナギの覚書である茶色の皮の手帳に結界の張り方が書いてあると言った。
「今の天記ならば、学校に結界を張るくらいのこともできるじゃろう」
❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎ ❇︎
次の日の夜明け前、天記は川沿いの土手まで岳斗と一緒に歩いてきた。
案の定、雨は降り続いていて止む様子はない。このままだと確実に体育祭は中止だ。
天記はさしていた傘を地面に置くと、上を見上げて両手を高くあげた。そして、手のひらを大きく広げて、黒く立ち込めた厚い雨雲をつかむような仕草をした。
すると、勢いよく雲が動き出し、渦を巻いてどんどんまとまり、天記が両腕を川の方に下げると、ついには川の中へ滝のように降り、消えてなくなった。
それから、日の出とともに少しづつ辺りが明るくなり、雨はすっかり止んでしまった。
岳斗がさしていた傘を畳んで、明るくなった空を見上げニヤついた。
「多分そのうち他からうっすら雲が流れてくるだろうから、なんとなく曇ってはくるだろうけど、雨は降らないようにしておいた」
天記は得意げに言って、地面に置いてあった傘を拾って畳んだ。
ふと岳斗を見ると、両手を合わせてすりすりしながら
「ありがとございます。神様」
と、ふざけた調子で拝んでいた。
家に戻ると、希々が神妙な顔つきで待っていた。そして、天記が雨を止ませたことを言い当てた。
「どうしてわかったの?」
「見たのよ、予知。お兄ちゃんが雨を止ませて体育祭をしているところ。今から結界を貼りに行こうとしているんだろうけど、早くしたほうがいいわ。学校の中に鎮守の森が現れる。それと、学校で何か騒ぎが起こるみたいなの。だから、怨鬼が学校の中に入って来られないように、早く結界を張って。それからもうひとつ、私、真実の鏡見つけたの。龍神池じゃないところにあったの。それを後から持って行くから」
天記は急いで体育祭の準備をし、岳斗と共に家を出た。
ちょうど体育祭の開催を知らせる打ち上げ花火の音がした。
二人は、茶色の皮の手帳に書いてあった通り、神社とその周りを囲む梛木の木から小枝を四本切り取ると、それを持って急いで学校へ向かったのだった。
つづく
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