第20話 限界
お盆の時期は、支水神社も多少忙しかった。そもそもお盆は仏事である。お経をあげたりすることはないが、世の中には仏式ではなく、神式で慶弔事を行う家もある。新盆の家に出向いて、もしくは神社内で
なので、二宮家においては盆の時期に休みなどはない。忙しくしている両親を手伝って岳斗も、そして隣に住む神堂家も応援に来る。
例年ならばだ。
しかし今年は違った。天記は岳斗のことを考え、一人自室でじっとしているしかなかった。
「いつになったら仲直りするのかしらね。お盆中ずっとよ」
「何が原因なのかも全くわからないし、天記に何を聞いても返事もしないのよ」
周りの大人達は、先日の試合以来ずっと二人がケンカをしていると思っていた。事情をよく知る由もない母親たちは、全く見当違いな話をしながら、午後のティータイムをむしろ楽しんでいるようだった。
そもそも、二人の間に起こったことなどにあまり興味もないようだったし、そのうち元に戻るだろうと軽く見て、気にしているふうでもなかった。
四月生まれの岳斗と、九月生まれの天記。同じ歳で、赤ん坊の頃からずっと一緒にいたのだ。
兄弟以上に仲の良いことを二人の母親はよく理解していたし、お互いのことは何もかもわかっているはず、多少のことで関係性が崩れることはないと思っている。
「でも、めんどくさいわよね。ホント早く仲直りしてくれないかしら。もうすぐ天記ちゃんの誕生日だっていうのに、このままじゃパーティーもしづらいわ」
岳斗の母親ルミがそう言っているのを、希々が耳の端に入れながら、二人の横でおやつのマカロンをほお張っていた。
天記はというと、お盆中、岳斗が見てやれない分の宿題や勉強を代わりに見てやってほしいと頼まれた竜之介が、毎日家にやってきていて、ずっと部屋にこもっていた。
冷房で涼しくなりすぎた部屋を寒がって窓を開けると、そこからチシャがピョンと飛び込んできた。
ここ何日か姿を見せなかったチシャは、久しぶりにやってきたかと思うと、クルッと一回転し人間の姿になった。ほぼ体を隠すことのない姿に、ドキドキしている天記や竜之介に構うことなく、
「希々は?」
と、聞いた。
天記は、自分のクローゼットからTシャツと短パンを出してチシャに渡した。
希々なら岳斗の家で神社の手伝いをしていると答えると、チシャは服に腕を通しながら、そろそろ鎮守が危ないかもしれないと言った。
猫の姿であちこち探索していると、鳥達がざわついていた。
そちらこちらで小さな森が現れては消え、その度にその森の木々に止まった鳥達がどこかへ消えてしまう。
カラス達が常に飛び交い、森が現れる場所には必ず争い事が起こっていた。
怒りや怨みの感情は、鎮守の森に隠されている怨鬼の腕を引き寄せる。
「鎮守の力が弱くなってる?」
「そうかもしれない。天記、早く探し出さなきゃ」
「でもどうやって?」
二人が頭を抱えていると、天記の部屋のドアを開けて突然希々が入ってきた。
「お兄ちゃん。私、それわかるかも」
希々はそういうと、ドアを閉め三人の輪の中にきてその場に座った。
「ここ最近、あのカラスの襲撃を予知した時みたいなイメージが、頭の中に何度も浮かぶのよ」
それは大抵、喧嘩したり、一方的に襲いかかったりする場面ばかりで、後から新聞やテレビの報道同じ場面を見ると言う。
「だから、あれって予知だったんだってわかったの」
「つまり、争いのある所に鎮守の森が現れるってこと?」
希々は竜之介の問いにこくんと頷いた。
「イメージの中に必ず見えるものがあって、赤紫色の小さな花。きっとあれは怒りの種から咲いた花だと思う。その種をまいているのは多分、カラス達。何かを地面に落としていく場面も見えたから間違いないと思う」
そんな希々の話を、天記の体の中で聞いていた紫龍も、赤龍も外へ出たがって天記の両手をムズムズさせた。
紫龍は出てくると、焦った様子で言った。
「早く見つけなきゃいかん。これ以上被害者を出すわけにはいかんし、それに岳斗もあまり長く持たんかもしれん」
「長く持たないってどうゆうこと?」
天記が聞くと、岳斗の怒りは天記自身を消し去ることで収まるが、殺すことができない以上、その怒りは岳斗の中に止まり増幅する。
どんなに我慢しようとしても、あふれ出す感情を抑えられなくなり、頂点に達すると、その怒りは自分に跳ね返ってくる。
つまりは自分の存在を消す、という結末になりかねないと紫龍は説明した。
それが、どれくらいの期間なのかはわからないが、長い間待てるものではないらしい。
「そういえば、さっき岳斗、境内の掃き掃除してた時、急にしゃがみ込んで苦しそうにしてたのよ。すぐに立ち上がったから、大したことないと思ったんだけど」
希々が心配そうに言う。
「多分苦しいはずじゃ、早くどうにかしてやらんと」
紫龍はそう言ったが、希々が鎮守の森の現れる場所を予知してくれない限り、全く手立てが見つからない。
仕方なくその日は、それでお開きになった。
つづく
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