第19話 潤いの種
竜之介と別れて自分の家に戻り、部屋に入ると岳斗がいた。紫龍がチシャに使いを頼み呼びに行ったのだった。
「本人が知らんのでは、対処できまい。岳斗が今、どんな目に遭っているのかを話したほうがいいと思ってな」
怒りの種は、怒りの矛先を一人に仕向けるよう呪いがかけられている。その相手は大概、自分に一番近しい人や家族で、その存在を消すまで続く。岳斗の場合、対象が天記だということ。
紫龍がそう説明している間、岳斗は天記に背を向けて正座をし、小さく背中を丸めていた。
そして、知らずに赤紫色の花に触れた事を話した。
「ごめん天記さん。俺、どうしても天記さんの顔を見ると自分がコントロールできなくなるんだ。本当に怒ってるわけじゃないのに、体の奥の方からムクムクと何かが湧いてきて、抑えられなくなる」
岳斗は、そう言いながら声を詰まらせた。
天記が岳斗の後ろから近づいて行った時、岳斗のひざの上に乗っている拳の上に涙がポトリと落ちるのを見た。
これまで、笑いすぎて涙目になった岳斗を見たことはあっても、悔しいとか悲しいとかそんな理由で泣いている岳斗を見たことはなかった。
天記は胸が苦しくなった。
自然と体が動いて後ろから岳斗に近づくと、震える岳斗の背中をギュッと抱きしめた。
「大丈夫だから。俺達で何とかするから、絶対に岳斗のこと元に戻して見せるから」
岳斗は本当に悔しかった。天記を守らなければならないはずの自分が、天記に面倒をかけてしまっている。そしてそれは、自分の力ではどうすることもできないのだ。情けなくて、惨めで涙がこぼれた。
泣くだけ泣いて少し落ち着きを取り戻すと、岳斗は天記の顔を見ることなく家に帰っていった。
「紫龍、どうしたら岳斗を元に戻せるの?」
天記は、そのためならどんなことでもする気でいた。体にできた傷なら、天記にも治すことはできるが、心の中まで癒すことなど天記の力では到底できない。
何か方法があるのならと思って聞いたのだが、それを聞いていたチシャがまたとんでもないことを言い出した。
「天記、一回殺されれば?そしたら怒りの種の呪いは解けるでしょ」
皆一斉にチシャを見る。
「い、いやだ。冗談よ冗談」
いやいや、冗談に聞こえない。いつも何かとチシャの発言は的を得ているものだから、それしか方法がないのかと思ってしまう。気を取り直して紫龍の方に目を向けると、紫龍はこう答えた。
「潤いの種じゃ。潤いの種をまいて花が咲く頃雨が降る。その雨に打たれれば呪いは解けるんじゃが」
潤いの種、その種から咲いた花は潤いの雨を降らせるが、一つ間違えば怨鬼の右腕をもよみがえらせてしまう。
たとえ岳斗を救うためでも、それを使うにはリスクが伴う。皆、それを分かっていたから、紫龍がそう言った後、誰も何も言えなくなってしまった。
「その種どこにあるのさ」
「在処を知っておるのは、鎮守だけじゃ」
天記の言葉に紫龍が‘そう答えて、ますますどうしたら良いのかわからなくなった。
つづく
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