第18話 怒りの種
その日の夕方。天記、紫龍、赤龍、竜之介、希々、チシャ、岳斗以外全員が天記の部屋にそろっていた。
「それは、『怒りの種』のせいじゃな。怒りの種から咲いた花に、運悪く触れてしまったんじゃろう」
紫龍の話では、それは、この世に怨みを残した人間が、死ぬ間際にその血を吸わせた種。
その種から咲いた花に触れると、普段どんなにおとなしい人物でも、怒りが抑えられなくなると言うことだった。
皆、驚いたのだ。あんなに怒りを露わにする岳斗を、竜之介や希々も初めて見た。確かに、いつもの岳斗ではなかった。
「でも、そんな花その辺に都合よく咲いてるはずないわよね」
希々がそう言ったのを、皆もっともだと思った。
「じゃ、誰かが、わざと岳斗にその花を触らせたってこと?でもそれって誰、怨鬼?」
竜之介が言った。
「そんなことないと思う。もし怨鬼だとしたら岳斗のブレスレットが危険を知らせてくれるはずだから、絶対そんな花に触ったりしないと思う」
と、天記が珍しくまともなことを言う。
「しかし、ここのところの殺傷事件の理由は、それでつじつまが合うんじゃないかの。怒りの種が、あちこちにバラまかれとるんじゃとしたら、納得できる」
「いったい誰が、そんなこと」
竜之介が言うと、希々が何かを思い出したように話し出した。
「あのね、試合してる時、道場の外にあいつがいたような気がするんだけど。あの、水谷ってやつ」
もし、あの場に水谷がいたのだとしたら、決して試合の観戦に来たわけではないだろう。
怒りの種をまいて花を咲かせ、岳斗に触らせたのは水谷だったのか。
水谷の名前を聞いた途端、天記が意を決したように両手の拳を握りしめ、立ち上がった。
「俺、確かめてくる」
そこにいた他の全員が、天記の言ったことを理解した時にはすでに遅かった。普段なら、そんな突発的に行動するタイプではないのだが、天記は止める間も無く部屋を出て走り出していた。
家を出て、しばらく走って天記はふと気が付いた。
「あ、水谷の家知らなかった」
立ち止まって考えていると、すぐ後ろから追いかけてきた竜之介が、天記の肩つかんで言った。
「水谷んちは反対方向だよ。天記、焦りすぎ」
天記は、顔を真っ赤にして照れ臭そうに笑った。
「こういうとこも、岳斗が天記をほっとけない理由なんだよな」
竜之介は、天記の頭をまるで小さい子供にするようにポンポンとすると、それから自分も一緒に水谷の家に行くと言った。
水谷の家の玄関チャイムを押すと、ドアフォンから、水谷の母親らしき人物の声が聞こえてきた。
ドアを開けて現れたのは、小柄で可愛らしい容姿の母親と、弟だろうか五歳くらいの小さな男の子だった。
「あの、水谷くんいますか」
竜之介がおどおどしながら聞くと、水谷の母親はニッコリと微笑みながら、
「優太のお友達?今呼んでくるから、ちょっと待っててね」
と、言って家の中に入っていった。
しばらくして現れた水谷は、玄関の外へ出てくるとドアを後ろ手で閉め、門柱の外側まで二人を連れていった。そして、無表情のまま、何の用かと聞いた。
あまりにも落ち着いていて、まるで何も知らないような態度に、天記は少しイラつきながら言った。
「水谷くん。今日俺たちの道場に来てた?」
「行ったよ。いけなかった?」
「じゃあ見てただろ、岳斗の様子がおかしかったの。一体何が原因か、水谷知ってるんじゃないの?」
竜之介の言葉に水谷が急に表情を変えた。
「はあ?何のことだよ。僕が一体何を知ってるって言うんだよ。お前らいい加減にしろよ!」
語気を強めて興奮し、怒りを露わにする水谷に、天記が落ち着かせようとその肩に触れた時、小さな声が聞こえてきた。
(……たすけて)
それは、明らかに水谷の声だったのだ。しかし、水谷自身は口を開いていなかった。
「え、何か言った?」
天記が聞くと、水谷は何かに気づいたように一瞬押し黙り、すぐに玄関の方へと歩いていってしまった。
「帰れよ!もう二度とくるな!」
家の中入ってしまった水谷を見届けた二人は、仕方なく帰ることにした。帰り道、天記が竜之介にさっき何か聞こえなかったかと聞いても、不思議な顔をされるだけだった。
夏の日の遅い夕暮れ、日中の日差しが落ち着いて少しだけ涼しい風が吹く中を、二人は並んで歩いて行った。
つづく
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