第17話 苛立ち
五日間の土用稽古の間も、結局二人はまともに話さないまま過ごした。
次の週末、土用稽古の
納会では、同じ学年の者同士がトーナメント戦を行い、順位を決める試合がある。
学年の小さい者から順番に行われ、小学六年生の部では希々が、まるで当たり前のように優勝した。
そして中学一年生の部は、岳斗と天記が決勝戦まで勝ち残った。
しかしそれは、岳斗にとっては容易いことでも、天記にとってはそれほど簡単なことではない。
そもそも、中学一年生だけでも道場には二十四人もいる。その誰もが小さい頃から
一年のうち、道場の納会は夏と冬に二回あって、試合は学年ごとに行うのだが、二人の学年はいつも岳斗が優勝している。
天記が龍神の力を使うわけでないのなら、勝つのは多分岳斗だろう。もちろん力を使うわけはないから、多分勝つのは岳斗だ。勝負の行方は分かっていたから、天記もそこまで勝ちにこだわってはいなかった。
しかし、ここで簡単に負けてしまえば、もしくは、少しでも手を抜くようなことがあれば、きっと岳斗は先日のように怒るだろう。
天記は絶対負けられないと思った。
道場生、OB、保護者、師範。全ての目が二人の試合を見ていた。
道場内の中央に立つ二人。審判の試合開始の合図を待っている。天記はどうにか気持ちを奮い立たせて、岳斗に立ち向かおうとしていた。岳斗をじっと見て、視線を逸らすことなく、戦うための心の準備をした。
ところが、岳斗はなぜか天記の目を見ようとはしなかった。それどころか、何かに迷っているような表情で、とても今から試合をすると言うような気合いは、全く伝わってこなかった。
その岳斗の表情を見て、天記は不審に思ったが一方で、もしかしたら勝てるかもしれないとも思わせた。
「始め!」
主審のかけ声で天記は気合いを出し、ジリジリと前へ出た。少しづつ間合いを図り、岳斗の隙を見つけようと神経を集中した。
しかし、これほど気勢で攻めても、なぜか岳斗は天記を見ようとしなかった。前にも出てこない。ヤル気がないのかそれとも負ける気なのか、いつもの岳斗なら絶対にありえない。
主人であるはずの天記に対してさえも、決して試合で手を抜くことなどないのが岳斗だ。天性の負けず嫌いなのである。
天記は、どうにかまともに試合をさせようと、自分から積極的に竹刀を振り始めた。
面、小手、引き面、間合いを取って攻めまた面に飛んでいく。しかし、岳斗はそのどれもを竹刀で受け止めるだけで、全く戦おうをしなかった。
(岳斗、どうしたんだよ岳斗!)
心の中で叫びながら、天記は必死に竹刀を振った。途中ヤル気のない岳斗に、何度も隙が見えた。多分、ねらえばすぐに、一本を決めることができるだろう。
だが、天記には打てなかった。岳斗の心の内が読めずに考え続けるうち、天記もとうとう戦意を失い、動きが鈍くなってきた。
すると、今度はそんな天記の様子に気づいた岳斗が、なぜか急に態度を変えた。突然鋭い目つきになって、今までとは打って変わって激しく打ち込んできた。
天記はそんな岳斗の行動に全く考えが追いつかず、防戦一方になった。
岳斗がさっきまでしていたのと同じように、打ち込まれる一本一本を全て竹刀で受けたり、体をかわしたりして防いだ。
岳斗は余計に動きを激しくさせ、ついにはまるで『キレた』ように、天記に思い切り体当たりしてきた。
天記が目を丸くして驚き、岳斗の表情を読み取ろうとした時にはすでに遅かった。
岳斗は竹刀を放り出し、天記の肩を掴むと力一杯床に押し倒し、その体の上に馬乗りになった。
「なんで、いっつもそうなんだよ!チャンスはいくらでもあったじゃないか!どうして一本決めないんだよ。そんなんだから、いつも俺が!俺がっ……!」
大声で叫ぶように発する岳斗の声は、そこで遮られた。天記と岳斗の面金が、ガチンッとぶつかり、岳斗の表情が目の前で見えた。
岳斗は、あふれてきてしまう言葉を、必死に飲み込もうとしているようだった。歯を食いしばり、天記に何かを訴えるように涙目で見つめていた。
結局、全く試合にならなくなってしまった。二人の状況をおかしいと思った周りの大人達が、岳斗と天記を引きはがし、抱えるように遠間へと離した。
「どうした岳斗。一体何やってんだ」
岳斗の父岳夫が、岳斗の体を後ろから押さえ、落ち着かせようと諭していると、岳斗はそれを振り払うようにして、道場から飛び出して行ってしまった。
「岳斗!」
天記が追いかけようとしたが、周りの大人に止められた。
あんなに興奮する岳斗を、天記は初めて見た。
それと同時に、あれは岳斗の本来の姿ではないとも確信した。
目の色が赤紫色に光ったのだ。面金が当たって顔を間近に見たとき、確かに岳斗の瞳は人間の瞳の色とは全く違う色に光った。
試合は当然中止だ。中学一年生の優勝者を決めることはなかった。
つづく
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